▼ 072
「勝之!……そっちの物体は糸ヶ丘……だよね?」
「そうだよ」
「何してんの」
「酷い顔だったからハッピ被せたとこ」
ピンクのハッピ越しに、成宮くんと白河くんの会話が聞こえてくる。しゃがみ込んでぐずぐずと泣く私の声は、おさまらない。
「泣いてる?糸ヶ丘もしかして泣いてる?」
「や、やだ!引っ張らないで!」
「いいじゃんかー!何?俺の言葉で泣いちゃった?ん?言ってみ?」
「もーやめて顔見ないで!」
「声でバレバレだし、大人しく顔見せちゃえってば」
ハッピを引っ張ってくる成宮くんに抗っていたけれど、やけになった私は目だけ出して声を荒げた。
「もううるさいな!泣くよ!そりゃ泣くよ!」
成宮くんが驚いた顔をする。だけどすぐ、満足そうな笑みに変わった。恥ずかしくなって、またハッピに顔を埋める。
私だって、成宮くんの言葉を聞いて泣くだなんて思っていなかった。でもまさか、あんなにも真摯に、応援してくれたみんなへの感謝を伝えるだなんて、思っていなかったから。
「……鳴、俺もう行っていい?」
「勝之ありがと!もうどっか行って!」
「……糸ヶ丘、それ洗って戻しておいて」
「あい」
ありがとうとは何だったんだろう。
成宮くんがなぜ白河くんに感謝したのかは分からなかったけど、白河くんがいてくれたおかげで一人でぐずぐずにならずに助かった。私もあとでちゃんとお礼を言おう。そして、せっかく白河くんが寮に戻ってまで洗っていたハッピが、私のせいでまた汚れてしまったことも、ちゃんと謝らないと。白河くんは言うとさっさと立ち去ってしまったので、成宮くんと二人きりになってしまっている。なんとなく、気まずい。
「……あ゛ー駄目だ、高校野球みて泣く人の気持ちが分かる」
「糸ヶ丘からしたらただの同級生じゃん」
「でも来年からは年下だよ……入場行進で泣きそう」
「いるよね、そういう人」
「成宮くんは冷静だ……」
「どっちかっていうと、今からの方が緊張してるからね」
「……今から?」
「ねえ、顔あげて」
ぐずぐずになった顔を見られたくないと騒いでいたくせに、いつもと違う、落ち着いたトーンの言葉に、自然と言うとおりにしてしまった。目を開ければ、私の正面に成宮くんがしゃがんでいる。
「ねえ、俺の言葉、どうだった?」
「……みてお分かりの通り、すごくすごく感動してしまっておりますが」
「雅さんと比べてさ」
「比べられるものじゃないけど……」
「いいから!比べて!」
なぜか突然、原田先輩の名前が出てくる。よく分からないけれど、比べてと言われたので、比較できるポイントを挙げ連ねる。
「んー……成宮くんの方がやっぱり身近だし、ずっと見てきた分、心に刺さるものはあったかな。あ、それと、先生たちとのエピソードが具体的で、ダメだ……また泣きそう」
「……じゃあ雅さんより俺のがかっこよかったんだよね」
「いやだから比較するようなものでは、」
「か っこ よ か っ た ん だ よ ね ?」
ずいと顔を近づけて、念を押すように聞かれる。
「まあ……去年の原田先輩の時は、ここまで泣きませんでしたが」
「……よし」
何がよいのか。私が首を傾げているのを気にしないまま、成宮くんが立ち上がる。ポケットに手を入れて、いつものいたずらっぽい表情で。しゃがみ込んだままの私の正面に立って、喋り始める。
「ぶっちゃけ、勝率は五分五分だと思うんだよね」
「一体何の……?」
「とりあえず聞いて。まーあれだけ牽制していたから学校中で”公認の仲”ってイメージついているかと思っていたのに、後輩に聞いたら全然でさ。ムカついちゃうよね。だからちゃんと全校生徒にアピールしてこようかなーって」
「ごめん、何の話か全然分からない」
さっきから疑問を投げかけているのに、成宮くんは一方的に喋ってばかりだ。私の思考回路が追い付いていない状態で、成宮くんの感情だけが進んでいく。
「ともかく!断られるのも多少は覚悟しているから、それだけは分かった上でいて」
「さっきのは応援してくれた皆への言葉だったけど、」
「今から叫んでくるのは、糸ヶ丘かのえへの言葉だから」
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