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「糸ヶ丘先輩、落ち着きないですね」
「え、そ、そう?」
「……心配しなくても、もう成宮先輩に喧嘩売ったりしませんよ」
「えっ喧嘩売っていたの!?」
衝撃的事実だ。まさか、そこまで仲違いしていただなんて。
後輩を迎えに写真部まで来て、そのままの流れで展示を見させてもらう。自分の写真が大きく展示されているのは未だに慣れないが、他の人からこう見えているんだと、客観的に感動してしまう。他にも風景や旅先での思い出など、部員が少ない分、一人に割り当てられる展示スペースも大きかった。コンテストの基準は分からないが、私にはどれも素晴らしい写真に見える。
「ほんと、どれもすごいねえ」
「あっありがとうございます!」
「でも、私以外の人も、」
「人物画は糸ヶ丘先輩しか出さないって決めているんです」
しかし、彼女はどうしても譲らない点があった。これだけの写真があっても、人物は私以外の被写体をコンテストに応募しない。
「まあ強制はしないけどね」
「撮りたい人が糸ヶ丘先輩だけなんですもん」
「じゃ、いつか他に見つかるといいね」
「……糸ヶ丘先輩がいればいいんです」
ここまでストレートに感情をぶつけられると、どうしたらいいものかと考えてしまう。別にやめてくれというわけではないが、私も間もなく卒業だ。あまり一つの物事に執着するのは彼女のこれからに影響を及ぼすのではないかと心配になる。
「だけど、他の人の写真も素敵だと思うなあ」
「それは部活だから仕方なしに撮っただけです」
「仕方なしにしては、みんな幸せそうな顔しているじゃない」
コンテストに提出する作品以外なら、他の人も撮っている。もったいない、こんなに綺麗に撮れるのに。
「幸せそうな人撮るのが上手いんだよ」
「……それ、さっきも言われました」
「え、誰に?」
「言いたくないです」
「(さっきってことは……)」
きっと、成宮くんだ。
言いたくないって不貞腐れるくらいなら、おそらくそうだろう。あれだけ仲が悪そうにしていたけど、ちゃんとお互いの努力は認めているんだなあ。ちょっと微笑ましく思ってしまう。
「んー、でも他の人にも言ってもらえたならやっぱり上手いんだよ」
「私は糸ヶ丘先輩にだけ褒めてもらえたらそれでいいです」
「え、ええ……」
頑なに譲らない。こういうところ、成宮くんと似ているなあ。
「……でも、先輩には私だけじゃないですもんね」
「いやまあ、撮ってくれる人は増えたけど」
「そうじゃなくて、先輩のことを追いかけている人がってことです」
「んー……?」
「……とりあえず、行きましょう」
「え、どこに?」
「2階の渡り廊下が見える場所です」
***
着いた場所は、渡り廊下が見える中庭。隣に立つ後輩の手には、大きなカメラが抱えられている。それと、他にもちらほら写真部がいるようだ。
「……もしかして、最初から部活動で観に来る予定だった?」
「……自由参加なんです。でも成宮先輩がうるさいから来たくなくて」
「その気持ちは分からなくもないけど……私いて大丈夫?」
「はい!糸ヶ丘先輩ならたとえレンズの前でもどこでも!」
「それは駄目でしょ」
どうやら、写真部で今から始まる絶叫大会を撮影するらしい。文化祭の間は色んな場所で撮影をしているらしいのだが、こういった大きい企画だと手の空いた部員は全員集合するらしい。彼女はせっかく文化祭を回れるタイミングだというのに、やはり写真が好きなのだろう。自由参加でもきちんと参加するつもりだ。
「うーん……やっぱり私、向こう側にいるね」
「一緒にいてくれないんですか!?」
「部活の邪魔したくないし、多分写真撮る時集中しちゃうでしょ?」
「……付き合ってもらうのも申し訳ないですもんね」
「またあとで時間空いたらクラス展示の方も顔出すから、ね?」
「あっなら明日また写真部に来てください!1日目の写真展示するので!」
「分かった、じゃあまた明日」
後輩と分かれた私の来た場所は、先ほどいた場所とは渡り廊下を挟んで反対になる、校舎裏通りだ。野球部寮に向かう廊下があって、雨の日に一度通ったことがあった。発表をする人たちの背中側ではあるが、メガホンの声はしっかり聞こえる。俗にいう、穴場ポイントである。
時間は14時の数分前。まもなく始まるだろう。
「あ、そうだ」
(『裏廊下でちゃんと見に来ました、約束守ったからね』っと)
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