小説 | ナノ


▼ 068

「糸ヶ丘ー……」
「どうしたの?元気ない?」
「糸ヶ丘が甘やかしてくれたら元気出る」
「じゃあ飴あげる」

机に突っ伏したまま、私のことを呼ぶ成宮くん。ここまで覇気がないのは、めずらしい。ポケットからごっそり飴たちを取り出して差し出す。ようやくあがった顔はなんだか不服そうな表情をしていたけど、レモン味のそれに手を伸ばしてきた。

「前も飴もらったよね」
「そうだっけ?」
「去年の、出会ってすぐくらい」
「あー、あの子の誕生日の時か」

遠い記憶を呼び起こす。そういえば、成宮くんと彼女が出会ったのもあれが最初だったはずだ。

「……ねえ、ボブって何者なわけ?」
「何者って聞かれても、本人に聞くべきでは?」
「聞けねーっての!あいつ俺のこと嫌いだし!」
「何したのさ……」
「何もしてない!でもなんか嫌われてる!」

思えば、彼女は成宮くんの話題が苦手そうだった。学食で遭遇した時も、ちょっと曇った表情をしていたのを覚えている。何もしていないというのが本当なのであれば、単純に成宮くんのことが苦手なのだろう。

「ま、何もしなくても嫌われることってあるから」
「糸ヶ丘でもあんの?」
「あるよ、突然玄関で喧嘩売られたりとか」
「何それ怖っ」
「その後も何かと絡まれるし、体育祭では勝負するとか言われたりして」
「待って待って、いやそれ俺じゃん!やめてよそれとは事情が違うから!」
「でも、私と何もなくてあの態度でしょ?喋ったこともなかったのに」
「つーか糸ヶ丘の顔すら知らなかった」
「そこまでか」

一応一年生の時から隣のクラスだったと思うんだけどな。正直に言ってのける彼に、ちょっと笑ってしまった。でも、それなら彼女の気持ちも分かるんじゃないだろうか。成宮くんがようやく飴の袋を破り、口に入れた。飴を口に入れたのに、喋り続ける。

「だって俺は糸ヶ丘の人気に、ほら、あれじゃん?」
「ああうん、あれね」

多分、嫉妬だとかそういうことを言いたいんだろう。結局いまだに私は認められていないのだろうか。

「でもあいつは俺に対してそういう目向けるレベルじゃなくない?」
「レベルって言い方はどうだけど……確かに成宮くんは生きる世界が違うなって私は思う」
「糸ヶ丘とは違わないじゃん」
「一緒にしないで」
「そんな拒否することなくない!?」
「ま、私のことは別にして、”本当に何もしていない”なら気にしなくていいと思うよ。私もそうしたし」
「気にしろよ!そこにショックなんだけど!」
「ちょっと、つば飛ぶ」

飴を舐めながら叫ぶのをやめてくれ。そう言ったらちょっとだけおとなしくなった。私の注意を聞いてくれたのか、いや、もしかしたら”本当に何もしていない”わけじゃないと、何か心当たりに気付いたのかもしれない。



「……ねえ、ボブとは付き合い長いわけ?」
「だからその呼び方……もういいや」
「中学同じとか?誕生日知っているくらいだから仲いいんだ?」
「んー、学校違うし誕生日は教えた記憶ないけど、」
「けど?」

「中学時代に、写真撮ってもらったことがある」


文化部の入賞とかって、私には分からない世界だ。
一番高く飛ぶ。一番遠くまで投げる。一番にゴールする。数字は誠実で、分かりやすい。だから陸上は好き。

写真のコンテストというのは、結構審査員の好みが出るらしい。中学時代に彼女が投稿しようとしていたコンテストは、圧倒的に人物画が人気だったそうな。とはいえ、中学生だった彼女にとって、部活でもないのに「写真を撮らせて」というのはなかなか勇気が必要だったので、諦めて風景を撮り歩いていたそうだ。そんな時に声をかけたのが、私だった。


「大きいカメラかっこいいーって思って声かけたら、撮ってくれたの」
「で、それが最優秀賞ってわけね」
「そこは知ってたんだ?」
「糸ヶ丘の写真とは知らなかった」
「一回見てみてよ。すごくいい写真だから」
「自分で言うー?」
「写真家の腕がいいの!」
「あーはいはい。でも頼むの癪だなー……」
「文化祭で展示するみたいだよ。よかったら行ってあげて」
「……ま、気が向いたら」


チャイムが鳴って、成宮くんはおとなしく前を向いて授業の準備をはじめた。いつもなら先生が来てようやく教科書を出すのに、めずらしい。ガリガリと飴を噛む音が、なんだか耳に響いた。

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