小説 | ナノ


▼ 064

「あとはかのえちゃん自身でよく考えるようにね」
「はい。あとは両親とも相談します」
「それがいい、親の理解はとても大事だ」
「滝川先輩がそれを言いますか」

思わずつっこみを入れてみたら、先輩は軽く笑った。偶然再会した時に、シニアを卒業してからの話を聞いたばかりだったからだ。あの時も笑って話してくれたので、もう色々と吹っ切れているのだろう。

結局、色々とお世話してもらったのに申し訳ないが、この大学には進学しないことにした。とはいえ、また迷子になるといけないからと、駅まで送ってくれるそうな。正門まで歩きながら、ちらちらと思いついた話をしていく。

「……そういえば、野球部で仲がいい人はいるのかい?」
「クラスが一緒になった人は喋りますね」

突然の話題にちょっと驚いてクリス先輩をみたが、彼は正面を見たままだ。

「ピッチャーの成宮とか?」
「どうして彼の名前が」
「前みてごらん」
「……あ」

なんでここにいるんだ。

歩いているのか走っているのか分からない早さでこちらに向かってきているのは、ピッチャーの成宮くん。もしかしたら何かこの大学に用事でも、と、1%くらいしかない予想を立てたが、やっぱり99%の方だった。私たちの前で止まる。

「やあ、稲実の」
「成宮です、どーも!」
「いやいや、何しているの」
「糸ヶ丘こそ何してるのさ」
「滝川先輩に案内してもらっていたんだよ」
「ここに進学すんの?」
「しない」
「じゃあなんで!」
「なんでって言われても……色々見たら、やっぱり別の大学がいいなーって」
「すーぐ目移りする!夏の雨って感じ!」
「そうだね、秋の空だね」

言いたいことが奇跡的に分かったので、そっと訂正してあげる。私たちのやり取りを見た滝川先輩は、また軽く笑った。

「お迎えも来たし、駅までは大丈夫そうかな」
「本当すみません……色々とありがとうございました」
「もう金輪際お世話になりませんので!」
「ちょっと、成宮くん!」
「ははっ威勢の良いエースで感心するよ」

じゃあ、と言ってクリス先輩が手を振って見送ってくれる。私も頭を下げて、成宮くんの頭を掴んで無理やり下げさせて駅へと歩き始めた。




「……ほんと、なんできたの」
「なんでもいいじゃん」

二人で並んで駅まで歩き始める。大学の正門を出た辺りで、ようやく成宮くんに話を振った。

「成宮くんの、初対面の人に向かって失礼なその態度は本当にいただけない」
「初対面じゃねーし!シニアで戦ったことあるし!」
「ほぼ交流ないじゃない……」
「つーか何?進学しないのに仲良さそうに歩いて何なの?」

何なのと言われても、何でもないから。そう伝えても、結局また同じことの繰り返しだ。成宮くんが、どんな答えを求めているのか分からない。私の答えは「何もない」しかないのに。

「だから何もないってば」
「でもどーせ次の約束とかしてるんでしょ」
「してない。そもそも連絡先交換してない」
「……そうなの?」
「私がメール不精なの知っているでしょ?」
「そうだっけ」
「あー、成宮くんには結構返事しちゃっているか」
「まあ、送ったら返してくれてはいるよね」
「ともかく、私は基本メールしないの。成宮くんが例外なだけ」
「へ、へー?そうなんだ?」
「だから先輩とも今日は正門9時の約束で合流したし、次の約束もない」
「……なーんだ、結局糸ヶ丘に彼氏できなかったのか」
「……満足そうで何より」

ようやく理解できたのか、突然いつもみたいなふっくらした笑顔を見せてくる。


「成宮くんって、どれだけ私に恋人できてほしくないの?」
「できてほしくないっていうか、俺が認めた男じゃないとヤダ」


一体どの立場からそんなわがままを言うんだ。私に対してモテないだの散々言っていたのに、その上成宮くんが認めた相手じゃないと付き合ってほしくないらしい。こんな無茶を言われたら、私には一生彼氏ができないんじゃないかって思えてきた。

だけど、今は成宮くんとこうして喋っている方が楽しいから、別に恋人とかはいいかも。なんて考えてしまうのは、きっと贅沢なんだろうな。駅までの道のりでひそひそされながら指さされている成宮くんを見て、そんなことを考えてしまった。


(成宮くんが認める男ってどんな人?)
(んー俺よりいい男?)
(たとえば?)
(……考えたら、俺って世界一いい男だった)
(あーハイハイ、そうですねー)

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