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「どうしたんだコイツ、糸ヶ丘に振られた?」
「鳴がクラスで勝手にキレて糸ヶ丘もキレた」
「何だよ、その面白そうな展開は」
「おもしろくねーし!!!」
寮で夕飯を食べて、動きたくなくてそのまま机に突っ伏していたら、取材があるとかで出ていたカルロが帰ってきた。野次馬野郎に勝之が今朝あったことを喋り始める。ちなみにノートは返すタイミングを失って引き出しに入れっぱなしにしていたら、糸ヶ丘が持っていったいたと勝之が喋っていて今知った。人の机勝手に漁るとか、あいつほんと失礼。
「へー、青道の滝川さんか。つーか白河から話振ったんだな」
「情報流されていたんじゃないかって確認したかっただけ」
「糸ヶ丘にそんなことできないっての!」
「まーあいつ野球マジで知らないからな」
水を汲んだカルロが正面に座ってくる。納得した口ぶりでそんなことを言ってくるけど、理由が違う。
「あいつは俺のこと応援してるんだから青道に贔屓なんてしない!」
「でも今後は分からないんだろ?」
「それは……っ!」
痛いところを突かれた。
もう高校野球も終わって、俺はプロで糸ヶ丘は大学。今までは同じ高校だから応援してくれていたっていうのもあったかもしれない。いや、でも俺がいればプロ野球だって絶対観に来るはず。でも、もしかしたら、本当に何かのドラブルがあって滝川と付き合いだしたりしたら、二人で来るのかもしれない。そんなの……ぜってーいやだ。
「つーか滝川さんってどんな人?シニアでどんなだった?」
「配球の組み方が上手くて、肩も強い。怪我しなきゃ御幸が正捕手なんて絶対していない」
「野球のこと聞いてねえよ。プライベートの人間性」
「親切の塊みたいな人だったけど。青道行ってからは知らない」
「青道……」
もしかしたら、高校時代から付き合っている彼女がいるかもしれない。性格がクソで、絶対彼氏にしたくないタイプかもしれない。
ともかく敵を知らねばならない。俺はケータイを取り出し、ある男に連絡を入れた。
***
「かーずや!」
「うわ、マジで来たんだ」
「失礼じゃない!?」
「お前が俺に用事なんて思いつかなくてさ」
俺と同じくプロ志望届を出した一也は、練習場から離れた場所で素振りをしていた。
糸ヶ丘と言い合いをした翌日の土曜日、俺は早朝から青道まで足を運んだ。電話で聞こうかとも思ったのだが、一也が役に立たなかった時は別のヤツに聞きたいし、あと今の写真とかもあれば見たかったから。
「で、聞きたいことって何」
「滝川ってどんな人」
「クリス先輩?なんで突然」
「ちょーっと色々あって。変な人?性格ヤバイとか」
「そんなわけないだろ。野球も私生活も完璧」
思わず眉間にしわが寄る。一也は俺が来た理由をまったく知らないからって、つらつらと滝川についてしゃべり続ける。
「野球センスはお前も知っているだろ、丸亀シニアと当たったことあるだろうし。人となりもすげーよ。成績優秀、スポーツ万能、おまけに品行方正で先生からの信頼も厚い」
どこかで聞いたようなフレーズだ。
「あーでもよく女子泣かしていたよ。引退してからも全然彼女作らなくてさ。でもきっちり断るから女子も満足そうに笑って去るって有名だった」
「一也は泣かしっぱなしっぽいよね」
「お前に言われたかねーな」
「で、今は滝川に彼女いないわけ?」
「しらねーよ……ああでも今日は予定あるって振られた。彼女できたのかな」
せっかく純さんたち来るなら一緒に来てほしいって連絡入れたのになあ。唇を尖らせる一也は気持ち悪かった。純さんって誰だ。ヒゲだっけな。
「なんか駄目なとこ、ねーの」
「んー、欠点って欠点はないけど……」
「じゃあ弱点!」
「余計に知らねえわ」
「〜〜っもういい!帰る!」
なんでキレてんだと叫ぶ一也の声が聞こえるが、もうどうでもいい。写真も見せてもらうの忘れてたけど、どうでもいい。きっと一也のことだから、チームメイトの写真とか持ってい無さそうだし。そもそもガラケーだもんな。
ただ、ひとつだけ引っかかっていることがあった。今日、滝川は何かしらの予定があるってことだ。後輩の一也に予定の内容を言わないってことは、部活でもないってことだと思う。そうなると、悪い予感しかしない。
別にあの二人が会っていようがどうでもいいけど、ここまできたら確認くらいしておかないと気が済まない。さっき一也から聞き出した大学を検索して、電車の時間を調べることにした。
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