小説 | ナノ


▼ 062

「糸ヶ丘おはよ〜」
「成宮くんおはよう」
「ということで、宿題写させて?」
「どういうことよ」

夏休み中の一件は終わったことになっているのか、単純に宿題が危ういのか、成宮くんは新学期早々そんなことを言ってくる。いくら成宮くんに進学する気がないとはいえ、そのまま渡すのはなあ、と思ったが、彼は勝手に私の鞄を漁り始める。もう勝手にしてくれ。

「はよ」
「白河くんおはよ」
「勝之も宿題写す?」
「なんでやってないの」
「野球していたから!」
「野球を言い訳にするな」

少し眉間にしわを寄せて、白河くんが成宮くんに注意した。きっと私と同じように、彼の学力を心配しているのだろう。だが、3年目の付き合いになって、何を言っても駄目だと気付いたのも、おそらく同じだろう。

「そういえば糸ヶ丘」
「ん?」

机の横に鞄をかけた白河くんが私に話しかけてくる。めずらしい。

「丸亀の人たちと連絡取り合ってんの」
「おじいちゃんのチーム?」
「大学生の野球部とって話、あれそうでしょ」
「あー……」
「は?何、勝之どういうこと?」

めずらしく白河くんから話題を振ってくれたと思えば、更にめずらしい内容だった。どうやら彼は稲実の情報を他校に流されることを危惧している様子だ。心配しなくても、私に野球は分からない。それをいえば「それもそうだね」と言って既に興味をなくしていた。

しかし、反対に成宮くんはヒートアップする。


「あの大学、直接の先輩いなくってさ」
「それでなんで野球部と連絡取ることになるんだよ」
「見学許可は大学に直接取ったよ」
「じゃあなんで!?どういうこと!?」

白河くんが振ってくれた話題なのに、詰めよってくるのは成宮くん。白河くんはといえば、情報流していないから別にいいらしい。ノートを取り出し、勉強を始めていた。

「大学内で迷っていたら滝川先輩と偶然会ったの」
「……滝川?」
「あ、滝川先輩ってのが丸亀の、」
「滝川って青道の?」
「高校は知らないけど、多分そうかな」

意外にも成宮くんと滝川先輩は知り合いだったようだ。それなら話は早いだろう。ひとつ上の、野球をしている人。私は怪我をして以来シニアの練習を見に行っていないので、かれこれ7年ぶりの再会であった。

「え、じゃあ滝川クリスと付き合ってんの!?」
「付き合ってないってば、顔すら曖昧になっていたってのに」
「ならなんで会っているのさ!」
「だーかーらー、迷子になっていたからだって。何回言わせるの」
「わざわざそいつじゃなくていいじゃん!」
「向こうが助けようと声かけてくれただけ」

あまり何度も道に迷っていたことなんて言いたくないのに、成宮くんが延々騒ぎ続けるので繰り返し伝える羽目になってしまう。ああもう、私が異性と仲良くしていたらそんなにおかしいのか。ちょっと誰かといただけでこんな騒ぐなんて。そりゃあ私は成宮くんと違って呼び出されることも、告白されることも全然ない。だからって、ここまで文句言わなくたっていいじゃないか。

ちょっとカチンときてしまった私は、思わず関係なかった事実を伝えてしまう。

「何年も会ってない監督の孫に声かけるとか普通しないし!」
「……ああでも、」
「やっぱ何か隠しているわけ!?」
「昔、怪我した時に運んでくれたの、滝川先輩なんだよね」

だから彼のことはずっと覚えている。まるで運命の再会であったかのような口ぶりをしてしまう。確かに、先輩の顔をはっきりとは覚えていなかった。でも、助けてもらった恩はずっと覚えている。それは事実だ。

「それって小さい時じゃなかったのかよ」
「小学6年生の時だよ」
「はー!?何それ、普通にでかくなってんじゃん!よくそれで持ち上げてもらったよね!?」
「滝川先輩の方が身長高かったし、すぐ運んでもらえたよ」
「お、俺だって今は高いし!伸びたし!つーか滝川も糸ヶ丘のことなんかなんとも思ってないっての!」
「昔はそうかもしれないけど、」

ちょっとばかし、熱が入りすぎたかもしれない。まさか、こんな口から出まかせを言ってしまうとは。



「他の施設も案内してくれる約束したし、これからはどうなるかは分かんないかもね」



「なっ、ちょっと!まだ話は、」
「はいノート。授業までに返してね」

ちょうどいいタイミングで担任がドアを開けた。滝川先輩とは今何もないのは事実だ。しかし、自分でも口に出したが、今後どうなるか分からないのも事実だ。別に彼が私のことを好きになってくれるとは思わないけど、私が好きになる可能性だってあるわけだし。何か言いたげな成宮くんを、手を払って席に戻るよう促した。




(白河くん、面倒なこと言ってくれたね)
(……糸ヶ丘に話しかけるんじゃなかった)
(え、そこから?話しかけはしてよ)

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