小説 | ナノ


▼ 060

「成宮くんだ」
「おー、久しぶり」

8月、冬ならばもう真っ暗であろう時間でも、この季節だとまだ薄明るい。暑さ耐えきれずカップアイスを求め家を出てすぐのコンビニへ向かえば、成宮くんと遭遇する。何買うの、と聞けば、「うーん」と、うなり声しか返ってこない。私はお目当てのアイスを買って、先に帰るのもどうかと思い、店の外で成宮くんを待っていた。

メールはしたけど、直接会うのは終業式以来だ。

「糸ヶ丘、これから時間ある?」
「あるよ」
「公園行こ」
「うん」

公園までは、少しだけ歩く。袋に入れたアイスがやわらかくなっていくのが予想できるが、私はすぐに首を縦にふった。成宮くんは、テープを貼っただけのチョコレートを片手に無言で歩いていく。

「まだ暑いね」
「そうだな」
「成宮くんは練習参加しているんだっけ」
「外部でね。まあ今度カルロと後輩観に行くけど」
「そうなんだ」

公園についた。案の定、誰もいない。最近整備されて、綺麗になったベンチに腰かける。が、成宮くんはそのまま寝っ転がり始めた。

「ちょっと、何するの」
「利子!」
「なんで膝まくら!」
「俺の肩のお返しなら、糸ヶ丘の足でしょ」
「なるほど……?」
「ほら、チョコあげるから」
「やった、ありがと」

納得しそうになったが、何か違う。しかし、チョコレートに喜んでしまい、彼の頭をどけるタイミングを逃してしまった。私の足を枕に寝転がった成宮くんが、チョコレートを持った手を私の口元まで伸ばしてくる。それをありがたく指で受け取れば、ちょっとむっとした。流石に口では受け取らないってば。あ、アイスこぼさないようにしないと。

「糸ヶ丘は?練習してんの?」
「私は大学見て回るのに必死で、あんまりしっかりとは」
「声かけてくれたとこ?」
「うん、交通費がすごいのなんの」
「流石は高跳び全国1位」
「ありがと」
「……言おうと思っていたんだけどさ、」
「なに?」


「観に行けなくてごめん」


結局、成宮くんは私の試合に一度も来なかった。そりゃあ野球部みたく送迎バスが出るわけでもないので、仕方がないといえば仕方はない。

「いいよ。気が向いたらいつか観に来て」
「暇ならね」
「暇だったら海外でも来てね」
「え、なに、オリンピックでも出るつもり?」
「流石にそこまでは無理かなーアジア大会は出たい」
「アジアかー行くならアメリカがいい」
「それは成宮くんの試合で行こう」
「英語勉強しておいてよ」

水滴が滴らないようにビニール袋を手に乗せて、その上にアイスを持って食べ進める。真下にある成宮くんの顔は見えない。彼は、全然チョコレートを食べている気配もない。溶けてしまわないのかな。

「糸ヶ丘はさー、」
「ん?」
「陸上、高跳びで続けるの?」
「……ううん、全部やる」
「そっか」
「成宮くんはプロになったら流石にプリンスじゃなくなるかな」
「流石に変えてほしいわ」
「キングとか?たまに王様って呼ばれている時もあるよね」
「何にしろ、ゴリよりかはマシなあだ名つくだろうね」

なんともコメントしにくいことを言ってくる。黙っていたら、またチョコレートを差し出してくれた。私はまた、手で受け取る。成宮くん、全然食べていないけど、なんで買ったんだろう。

「美味しい?」
「美味しいよ、成宮くん食べないの?」
「夏にチョコってあんまり食いたくないよね」
「誕生日プレゼントで8月に渡されたお姉さんも同じ気持ちだったと思うよ」
「あーあったねー」

今になってようやく、真夏にゴディバを贈られる人の気持ちが分かったようだ。お姉さんにどろっどろのゴディバをプレゼントする前に気付いてあげれたらよかったのにね。

私が食べ終わったタイミングで、成宮くんも起き上がった。


(これで利子は完遂?)
(……ていうか、ぶっちゃけ糸ヶ丘の足硬くて思っていた膝まくらじゃなかった)
(……そうかなとは思ったよ)

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