小説 | ナノ


▼ 059

「糸ヶ丘」
「……成宮くん?」


都大会が終わり、いつもと違う空気のバスで帰ってきて、解散して、今。

学校の陸上トラックに座りこみ、ぼーっと夕日を眺めていたら、聴きなれた声が私を呼ぶ。私の正面に立ち、見下すような形で話しかけてきた。ちょうど、太陽が隠れる。

「メールみた」
「……去年は結果すぐ言わなくて怒られたもんね」
「手首は?もう大丈夫なわけ?」

何の躊躇もなく、本題を切りだしてくる。ぐるぐる巻きにされた私を手首を一瞥して、そして成宮くんは私の目をまっすぐに見つめてきた。

「軽い捻挫だって」
「痛みは?ちゃんと治るの?」
「今は痛くないよ。1週間後また病院行って、問題ないか見るって」
「そっか」


ならよかった、とは、言ってくれなかった。


2日間かけて行われる陸上大会。1日目は調子が良かった。高跳びも含め、全部ベストに近い記録だった。

問題は2日目の幅跳び、その着地で手首に違和感を覚えた。そしてその後のやり投げのタイミングで、それは完全なものに変わった。

「いやあ、恥ずかしいくらいにすっぽ抜けちゃってさ」
「恥ずかしくなんてないだろ」
「まさか一投も規定エリアに届かないとは思わなかったよ」
「……仕方ないじゃん、怪我なんだから」
「あ、でも一回は距離飛んだけど横に逸れちゃって、あれは惜しかったなあ」

「ねえ、」


「大丈夫じゃないんでしょ」



びっくりした。大丈夫かどうかなんて、考えていない。考えている場合じゃなかった。一種目でも棄権になれば、7種競技は失格だ。競技が終わり応援席に戻って手首の痛みを伝えれば、顧問の先生が急いで車を回してくれた。病院に行き、戻って他のメンバーの表彰を見て、ドタバタと時間は過ぎていた。ここに座り込んでようやく、ゆっくりしていたところだった。

「だ、……大丈夫、痛くない」
「そうじゃなくて、」
「でも、」
「……ったく、仕方ないなあ」


頭をガシガシと書いて成宮くんが正面から私の隣に移動した。



「エース様の肩、貸してあげる」



そう言って成宮くんは私の左側に座り込んだ。

「……右肩じゃん」
「左手は糸ヶ丘の頭を撫でるためにあるんだよ」
「それは贅沢だね」
「ほんとだよ、存分に堪能しておきな」
「ふふっ、そうする」

軽く彼の肩に頭を乗せてみれば、ぐいと左手で頭を掴まれ、肩なのか胸板なのか分からない位置で私の顔がうずもれる。途端、なんだか糸が切れてしまった。口を閉ざして彼にもたれかかる私に、成宮くんはめずらしく、というか、初めてずっと黙っていてくれた。





「……あ゛ー……ごめんね、ありがと」
「声ヤバイじゃん。あと顔も拭いて」
「あ、成宮くんのジャージ汚しちゃったかも」

ようやく落ち着いた私は、成宮くんから離れて立ち上がる。いつまでも座っているわけにもいかない。隣に置いていたエナメルバッグからタオルを取り出して、顔を拭く。夕日も落ちてきた。そろそろ帰らないと。

「今日は例外的に許してあげる」
「……今日は成宮くんが優しい」
「俺はずっと優しいから!」
「そうだったかなー」
「なっ!?」
「うそうそ、ずっと支えてくれてありがとうね」
「……別に、部活引退しても変わらないから」
「……ん?」

荷物を持った私に並んで、成宮くんが立ち上がる。校門まで送ってくれる様子だ。野球部は今日通常練習だったのかな。だとしたら、そろそろ夕飯時間のはずなのに。
いつもみたいなふざけた調子で会話ができてよかった。しかし、彼の発言に違和感を覚える。


「ま、先に暇になったなら、せっかくだし野球部の試合は予選から……」
「待って待って。私まだ引退しない」

「……は?」


7種競技は確かに棄権で終わった。しかし、1日目に出場した高跳びは無事1位通過だ。


「高跳びではインターハイ行く」
「……はい?」
「7種競技と高跳びにエントリーしたの。高跳びの方は都大会優勝したから」

成宮くんが固まる。そういえば、メールには7種競技のことしか書かなかった。気がする。

「……はあ!?今の時間なんだったわけ!?」
「ご、ごめん……でも7種競技で負けたショックは大きくて、」
「それは分かるけど!いや、やったことないから分かんないけど!」
「本っっ当にすみません。メールに書けばよかったね……」
「まったくだよ!もー肩貸した分、絶対利子取ってやる!」
「いやほんとごめん……学食とか奢るから」
「そんな安いもんで払えないからね!エース様の肩は!」

どうやら、私が引退だと思ったゆえの言葉だったようだ。そう考えると、今もらった言葉たちも重みが変わってくる。思い出すと、つい笑みがこぼれてしまう。

「だから応援は今年も準々決勝からね」
「ったく、仕方ないな!」
「ちなみに私のインターハイは北陸だよ」
「いつから?」
「8月6日」
「行けねー、メダルだけ見せてくれたらいいよ」

さらっと、なんともハードルの高いことを言ってくれる。でも、そのくらいがちょうどいい。



(ね、肩の利子どうしたらいい?)
(んー、めっちゃ考えてから請求する)
(……利子増えない?大丈夫?)

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