小説 | ナノ


▼ 057

「糸ヶ丘って裁縫できる?」
「最低限のことなら」
「ん」

無言でブレザーのジャケットを差し出された。最近こういうの多いな。

「え、何」
「ボタン取れた!つけて!」
「成宮くんの辞書に”お願いします”って文字はないのかしら」
「お願いします!」
「語彙が増えてよかった」

鞄に入れっぱなしだったソーイングセットを取り出す。授業が始まるまでに終わるかな。

「つけるボタンは?」
「はいこれ」
「……割れているんですけど」
「つけて!」
「無理でしょ」
「えーなんとかできない?」
「瞬間接着剤じゃないと厳しいと思うけど」
「マジ?昼休みに野球部で外部の写真撮影あるのに」
「それは不味い」
「予備のボタンなんて持ってないんだよねーどうしよう、稲実生の生活態度悪いって思われちゃうじゃん……予備のボタンなんて……」

めずらしく顔を伏せって動揺している様子の成宮くん。確かに、取材の写真を撮るのにボタンも開けてだらしない姿を見せるわけにはいかない。自分のことしか考えていないのかと思っていたけど、しっかり学校のことまで考えているだなんて、ちょっと見直した。

「……貸して。ボタン付ける」
「ボタンないじゃん」
「あるから付けてあげる、ほら貸して」

机の横にかかけていた鞄に手を伸ばし、それに付けていた小さなお守りから、割れていないボタンを取り出す。

「……いいの?それ雅さんがくれたボタンじゃん」
「原田先輩なら、だらしない姿見せるくらいなら使えって言うと思うの」
「……それを狙っていたけど、そんなあっさり出されるとは」
「ん?なに?」
「なんでもない!お願いします!」

覚えたての単語を使いたがるこどものように、お願いしますと繰り返す成宮くん。彼がちゃんと頼み事をしてくれるのはレアだからちょっと嬉しい。いや、ちゃんと頼むのが当然なんだけど。彼に対する感覚がおかしくなっている気がする。

「……なんか慣れているね」
「お母さんが縫い物好きで、たまに真似してたの」
「糸ヶ丘ママ作のお守り確かにきれい」
「伝えておくよ。叫んで喜びそう」
「そこまで喜ばれると流石の俺でも動揺する」

何度か部の人たちのボタンを縫ったことがあったので、結構すいすい縫えていく。せっかく褒めてくれたので、最近もボタン付けをしたことがあるってことは、成宮くんには内緒にしておこう。

「そういえば、ボタン貰ったのが原田先輩との最後の会話だったなー」
「俺は最近電話した。増量しんどいってさ」
「え、まだ大きくするの」
「プロ野球選手だからねー、あの人たち実際に見るとガタイやばいもん」
「そうなんだ、観に行くの楽しみ」
「観に行くの!?なんで!?」
「成宮くんを観に行くんだよ、約束したじゃん」
「なんだ俺か」
「忘れていたことを微塵も隠さないね」

この様子をみるに、テキトーにした約束だったんだな。この調子だとバッティングセンターに行くことも、卒業してから観戦チケットを渡してくれることもない気がする。プロ野球は一度くらい観に行ってみたかったので、少しだけ残念ではある。まあ自分でチケット取ればいいんだけどさ。

「……よし、完成」
「やった!上出来じゃん!」
「辞書に”ありがとう”も追加しておいて」
「ありがとう!」
「どういたしまして」

私の手からジャケットを奪い、すぐに羽織ってボタンを閉め、ピシッと見せつけてくる。

「はいはい、似合う似合う」
「糸ヶ丘の辞書には”かっこいい”って単語を書いておいて」
「書いてあるけど、使い時じゃないね」
「今使わずにいつ使うのさ」
「今じゃないでしょ」

ちょっと不貞腐れる成宮くん。頬を膨らませる仕草は、かっこいいとは程遠い。かっこいい姿は、是非とも昼休みの撮影の時に見せつけてきてほしいものだ。



(気付いたんだけどさ、)
(んー?)
(他の人からブレザー借りたらよかったんじゃない?)
(ソウカー、思いつかなかったナー)

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