小説 | ナノ


▼ 056

「糸ヶ丘まだいたの?」
「あ、成宮くん」

人のいなくなった校内で成宮くんと出くわす。どうやら向こうはランニングでもしていたようだ。

私はといえば、顧問の先生に頼んで少しだけ居残りさせてもらっていた。たくさんの種目に出るからということでわがままを許してもらっている。こうして例外を認めてもらっている分、結果を出さねばというプレッシャーが強い。

「ちょっとだけ投げたくって」
「へー俺ともキャッチボールする?」
「私がしたいのは砲丸投げだよ」

グローブも何も持っていない成宮くんが、くいと手首を曲げて、投げるポーズを取ってくれる。

「投げて、走って、飛んでーって種目だっけ」
「そうそう。いくら時間があっても足りないんだよね」
「じゃあどれかに絞ればいいじゃん」
「でも全部やりたいんだよー……」
「……糸ヶ丘のわがまま、初めて聞いた」
「成宮くんと比べたら、あんまり言わないかもね」
「心底失礼だな」

7種競技を始めたきっかけは、顧問からのすすめだ。元々は高跳び一本で頑張っていたのだが、せっかく肩も強いならと、投げる種目もやり始めたのが最初である。

中学時代は色んな種目に手を出してはいたと世間話を覚えていた顧問の先生が、なら7種競技をと言ってくれたおかげで今の私がある。

「でも全部できた方がいいじゃん」
「野球は打つ専門なんてできないもんね」
「いや、プロにはいるけど」
「えっそうなの?」
「もー、糸ヶ丘はほんと野球知らないよね!」

高校野球もようやく覚え始めたくらいなのに、プロ野球はまたルールが違うらしい。プロとアマチュアでルールが違うなんてあるんだ。野球って難しい。

「俺がプロ行くまでに覚えておいてよね」
「じゃあ野球詳しい人と行って教えてもらいながら観るね」
「はー?なんで他のヤツと来ようとするの?バカ?」
「なぜそこまで言われる……じゃあ卒業までにプロ野球教えてよ」
「仕方ないなあ。ならちゃんと覚えてから、俺の試合観に来てよね」
「うん、分かった」

なんだか軽い調子で、成宮くんと卒業後の約束をしてしまった。一応連絡先も交換したから卒業してもやり取りをする手段はある。だけど、口約束でもこういったやり取りをできるのは嬉しい。本気で取ってくれるのかな。ちゃんとプロ野球も覚えないと。

「糸ヶ丘は大学?陸上続けるんでしょ?」
「うん、その先は分からないけど」
「なんでそんな弱気なの!一生続ける気持ちでいなきゃ!」
「いや、流石に一生は……」
「つーか陸上選手って何歳くらいまで現役?」
「野球している人よりかは短いと思うよ、私は尚更」
「なんで?」
「そりゃあ複数種目やっているから、身体酷使している自覚あるし」
「あー……そっか」
「……ま、どっちにしろ高校生の大会頑張らなきゃだけどね」
「それもそうだ」

長くても、あと数カ月で引退だ。もしかしたらそんなに長くないかもしれない。そう思うと急に緊張してくる。野球部の予選はもうちょっと遅くからだったかな。そういえば、終わってからも大会があるんだっけ。去年の10月くらいに原田先輩が国体がどうのって言っていた気がする。

「引退かー、実感湧かないね」
「ま、俺はプロ行くから引退しても練習続けるけど」
「私は……結果次第では勉強漬けかな」
「もーなんですぐ落ち込むの!」

隣を歩いていた成宮くんが、両手で私の頭を掴んで、ぐいと自分の方に引き寄せる。首いたい。

「この俺のライバルだったんだから自信持つ!いい!?」
「……過去形?」
「ライバルだから!自信持つ!」
「ふふっ分かった」
「そんでお互い全力で戦って、終わったらプロ野球の勉強しよう」
「いいね。あ、バッティングセンターも行ってみたい」
「なんで学校で出来ること金払ってやんなきゃいけないんだよ」
「私はできないの!成宮くんはやりたいことある?」
「えー……なんだろうな」
「じゃ、思いついたら言ってね」

私の頭から離れていった成宮くんは、ポケットに手をつっこんで考え始める。うーん、とうなっているが思いつかないらしい。そりゃあ、まだまだ全力で部活やっていたいもんね。分かる分かる。あーあ、引退も卒業もしたくないなあ。



(何?協力してくれるわけ?)
(私にできることなら)
(じゃあすっげー金かかること頼もうっと)
(バイトしていない高校生相手になんてことを)

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