小説 | ナノ


▼ 053

「糸ヶ丘って選択音楽?」
「そうだよ、成宮くんは?」
「俺も音楽!」
「歌は上手いもんね」
「”は”って何さ」

選択科目は2年生の時から引き続き、同じものになる。とはいっても、授業数は激減するので、ようやく初回の授業だ。成宮くんも音楽だったんだ。そういえば、去年成宮くんに音楽室でサウスポーを歌ってもらったのが懐かしい。


「あ、そうだ。ねえ成宮くん、早めに音楽室行かない?」
「えー面倒くさい」
「そうおっしゃらずに」

昼ごはんを食べたばかりでぐーたらしている成宮くんを、どうにか引っ張って音楽室までやってきた。成宮くんがどかっとピアノの椅子に腰かけている間に、隣の準備室から私の(というか母の)トランペットを拝借する。頼んでみたら割と簡単に許可してもらえたので、音楽室の隅に置かせてもらっていた。

「糸ヶ丘〜何しにきたのさ〜」
「じゃん、トランペットです」
「あー!糸ヶ丘の苦手科目!」
「見ててね」

すうっと息を吸う。息継ぎは未だに苦手だ。
あれから控えめに音を出すようにしていたが、今はもう大丈夫だと思う。ワンフレーズ、何とか覚えたサビの部分だけを全力で吹いた。



「……平均点はあるでしょ?」

前に成宮くんが歌ってくれた、彼のヒッティングマーチたる曲。流石に吹奏楽部の人と比べたら全然だけど、音階もテンポも合っているはず。

「あれ、ねえ成宮くん?演奏聞いてた?」
「あー……うん」
「本当に?なんで顔伏せっているのさ」
「ちょっと待って、放っておいて」
「えー……」

しかし、成宮くんの驚いた顔が見られるかとわくわくしていたのに、何事か、彼は頭を抱えてうつむいたままだ。もしかして、うるさかったかな。褒められるか罵倒されるかの二択だと思っていたので、予想外の反応にこっちも戸惑う。

なんとも言えない気持ちでいると、白河くんもやってきた。


「……何してんの、うるさい」
「白河くん!今の曲何か分かった?」
「サウスポーでしょ」
「当たり!えへへ」
「曲は分かるけど褒められる演奏ではないよね」
「えっショック……」

でも去年は何の曲かすら分かってもらえなかったから、曲が分かるレベルに成長しただけでもよしとすべきか。

「で、鳴はどうしたの」
「分かんない。無理やり引っ張ってきたから拗ねているのかも」
「……なんとなく分かった」
「流石チームメイトだね」
「糸ヶ丘はそろそろ片付けてきたら?」
「あ、確かに」

言われて気付く。そろそろ予鈴の鳴る時間だ。マウスピースを洗って、ケースに閉まって、また準備室にトランペットを戻す。3年生になってからは練習もできていないから、そろそろ持って帰らないとなあ。
音楽室に戻ってきたら、生徒用の木椅子に移動した成宮くんが背もたれにだらりと体を預け、上を向いていた。首しんどくないのかな。

「お、成宮くん復活?」
「……糸ヶ丘さあ、」
「何よその顔は、前よりは上達していたでしょ?」
「上達っつーか……まさか練習していると思わなかった」
「えっ何それ?褒めているの?」
「褒めてねーし!何なんだよ!」
「なんで怒るのさ」

突然こちらに顔を向けて怒鳴ってくる。そういえば去年の音楽室で、神谷くんが「サウスポー吹いたら成宮くんがキレる」と言っていたことを今思い出した。本当に怒られるとは思ってもみなかったけど、そんなに不服か。

「鳴はサウスポー吹くと思ってなくて動揺しているんじゃない」
「なっ!違うし!分かっていたし!」
「練習していると思わなかったって言ったところだよね?」
「言ってない!」
「えぇ……」

流石に言ったことくらい認めてくれてもいいのに。こちらの言う事すべてに文句をつけ始める成宮くんに、なんと返していいのか分からなくなる。

「白河くんはよく成宮くんの気持ちが分かるね」
「鳴が単純なだけだよ」
「単純じゃないし!めちゃくちゃ複雑だし!」
「ああでも野球応援で吹こうとは思っていないから安心して」
「参加できると思ってないから!」
「ああでも吹かなくても応援は行きたいなあ」
「……今年も準々決勝?」
「うん、勝ち残ってね」

また今年も行けるといいな。私もそろそろ予選が始まるし、いい成績残して甲子園まで行きたいな。そんな話題に上手いこと移ってくれたので、なんとなくいい具合に話は落ち着いた。結局、成宮くんがどういう意図の反応をしていたのかは分からないままだけど。

(当然でしょ、今年こと全国制覇するから)
(言い切れるのはかっこいいよね)
(ふふん、褒めても笑顔しか出ないんだからね!)
(そういうならドヤ顔じゃなくて笑顔見せてよ)

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