小説 | ナノ


▼ 049

「糸ヶ丘って鞄にそんなの付けていたっけ」
「これ?ふふっよくぞ聞いてくれました」
「いや、そこまで興味ないけど」

3月下旬、上級生が卒業し静かになった校舎。登校してきてすぐすれ違った成宮くんが、廊下で私のカバンの変化に気付いてくれる。

「手作りのお守り?」
「そ。マネージャーがお守り作ってくれたりする部活あるでしょ?」
「陸上部ってマネージャーいたっけ?」
「ううん、いない。それを真似して母が作ってくれました」

よく見えるようにと鞄を持ち上げてアピールするが、成宮くんのリアクションは薄い。

「聞いておいてなんだけど、あんまり大したものじゃなかったね」
「大したものだよ、中身が更にすごいの。聞いて」
「食い気味だな、しゃーないから聞いてあげるけど」

話しているうちに教室へたどり着いた。しかし、どうしても中身を自慢したい私は廊下に止まり、ロッカーの上に鞄を置いてお守りの中身を取り出す。普通のお守りならば中身は出さぬべきであろうが、これは成宮くんに見せなければならない。


「……ボタン?」
「そうです」
「……えっもしかして第二ボタン!?」
「ブレザーだから第一だけど」
「嘘でしょ!?糸ヶ丘って好きな先輩いたの!?誰!?付き合った!?」
「食い気味だね」
「真似しなくていいから!誰!」

ころんと手に出したボタンを右手でつまんで彼に見せつける。すると、腕を伸ばしてきたので思わず避けた。

「えっとね、成宮くんのよく知っている人」
「候補多すぎ!」
「成宮くんがよく迷惑かけていた人」
「雅さん!?」
「迷惑かけていた自覚はあるんだね」
「そんなことどうでもいいよ!」

どうでもいいのだろうか。まあ本人が卒業してしまった後なので、今更迷惑をかけるなと注意してもどうしようもないだろう。向こうは北海道に行ってしまったし。あれ、まだこっちにいるのかな。


「な、なんで糸ヶ丘が雅さんの、」
「あ、言っておくけど付き合っていないよ」
「振られた!?」
「告白してもいない。でも言ってみたら貰えちゃいました」
「雅さん何やってんだよ……糸ヶ丘なんかにボタン渡すなんて……っ!」
「……それは私も思うけど、もらった本人目の前に言う?」




「あ、原田先輩」
「……糸ヶ丘か」

過ぎし卒業式前日、早朝ランニング中に運よく原田先輩と出くわした。
向こうもジャージで、翌日に卒業式を迎えるとは思えないような、いつも通りの雰囲気なのが流石だと感心する。もう会うことはないかもしれないと思い、卒業を祝い、お礼を伝え、少し話したいと言えば足取りを緩めてくれた。

「まさか明日卒業の先輩を捕まえられるなんて、運が良かったです」
「どうせ3年生なんて式終わってからもぐだぐだ居座って暇しはじめるだろ」
「そんなことないですって、3年生は主役なんですから」
「あの目立ちたがり屋が来なかったらな」
「あはは、それはそうですね」

いつものランニングコースを歩こうと歩道に沿って左に曲がろうとすれば、原田先輩とぶつかりそうになる。どうやら先輩はいつも右への道、ずいぶんと大回りなコースを走っている様子だ。

「悪い」
「いえ、こちらこそ」

近づいてみて、改めて先輩の体格の良さに気付かされた。こういう人がプロになる人なんだ。己が身体で食べていくって、やっぱり体つくりから違うんだな。自分の食生活を振り返って、少し恥ずかしくなってきた。

「そういえば、陸上部は明日集まるのか」
「送別会は昨日しました。『当日はいつ告白されてもいいように予定あけておく』って、男子キャプテンが言い出しまして」
「ふざけた理由だな」
「原田先輩なら、既にボタンの予約してきた人いるんじゃないですか?」
「んなやついねえよ」
「えー、きっとほしい人たくさんいますって」
「やめろ、帰りに残っていたらみじめだろ」
「そうなったら私にくださいよ」
「ああ」
「……えっ本当に?」




「――という経緯でもらいました」
「雅さん何やってんの……!」
「で、帰ってお母さんに自慢したらすぐお守り型の袋作ってくれてね。『私も昔野球部の先輩からボタンもらったのよ〜』なんて言ってすいすい縫ってくれたんだけど、」
「糸ヶ丘ママのミーハー話はどうでもいいよ」
「ええ……悲しい」
「それよりも!」
「ん?」

ドン、と成宮くんがこぶしをロッカーに乗せる。ドンというか、ガシャンというか、思ったより音が響いてびっくりしてしまった。

「結局、糸ヶ丘は雅さんのこと好きなの?」
「そりゃ好きよ。身近にいるスポーツ選手だと断トツで尊敬できるもの」
「そうじゃなくて!恋愛対象として!」
「それだったらボタンじゃなくてアドレスほしいって言うかな」
「……それならよし」
「もしかして、原田先輩って好きな人いる?ボタンまずかったかな」

生徒も増えてきて、廊下もガヤガヤとし始める。落とすと困るので、そろそろボタンを閉まおう。お守りの中に戻し、念入りに赤い紐を結ぶ。

「好きな人いたら糸ヶ丘になんて渡すはずないだろ」
「そうだよね、安心した」
「でもさー、考えてもみなよ。あっちはプロ野球選手だよ?軽率に自慢して、いつかファンに怒られるよ」
「大丈夫、成宮くんにしか見せるつもりもないよ。原田先輩が『あいつには言ってみてやれ』って言っていたから。あ、もしかして成宮くんもほしかったの?」
「なんで俺!いらねーし!ファンじゃねーし!」
「嫉妬でもないならなんで怒るのさ。本当は原田先輩のこと尊敬しているから羨ましいんでしょ?」
「羨ましくない!怒ってもいない!」
「もー素直じゃないなあ、かわいいとこあるじゃない」
「可愛くない!!」

成宮くんはまたロッカーをたたく。都のプリンス様に殴られ続けるロッカーが可哀想になってきたので、そろそろからかうのは止そう。でも、尊敬しているくらいなら全然言ってもいいと思うんだけど。頑固だなあ。



(原田先輩、ボタン渡す人いるって自慢したかったのかな。意外に可愛いとこあるね)
(あんなゴリラ全然可愛くねーし!俺のが可愛いし!)
(どっちなのよ)

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