小説 | ナノ


▼ 048

「……糸ヶ丘、こっちこっち」
「いや、行かないから」
「なんで!?」
「野球部寮って女子禁制でしょ?」
「つまり糸ヶ丘はセーフ」
「殴るよ」

来たる3月14日、放課後に時間をくれと言ってきていた成宮くんに手招きをされる。彼の開けようとしている扉は、野球部寮の裏口だ。前に入れてもらった食堂は正面玄関側だったのだが、わざわざこちらからということは、こっそり忍び込むつもりか。許可があるのかと聞いてみれば、案の定ないらしい。

「大丈夫だって。女子の一人や二人」
「他の子もそんな簡単に来ているの?」
「ううん、彼女いない野郎ばっかだから呼べる女子がいない」
「帰ります」
「待ってってば!分かったよ、仕方ないなー」

寮の裏側の、端から二番目の窓の前にいて。そう言い残して成宮くんはさっさと寮に入ってしまった。

独りぼっちになった私は、とりあえず言われた通り二番目の窓の横にもたれかかる。思ったよりも窓は低く、私の胸くらいの位置にある。この高さなら窓から出入りできそうだな。寮って門限あるんだっけ。色々考えていたら、部屋の中から音が聞こえてきた。

ばたばた、ガシャガシャ、ばたん。

忙しない音たちだ。



「お待たせ」

最後にガラッと窓の開く音がして、成宮くんがひょこっと顔を出した。いたずらっ子のような表情をしているが、その手に持っているのは――

「チョコレートケーキ……!」
「成宮様からのホワイトデー」
「えっ貰っていいの?」
「まさかこの状況で俺は食べないでしょ」
「えー嬉しい!今?今食べてもいい?」
「寮の皿に乗せちゃったから、むしろ今食べてくれないと困る」
「やった、いただきまーす!」

成宮くんが差し出してくれた大きめの皿には、2つのケーキと1本のフォーク。どちらも美味しそうなチョコレートケーキだ。フォークのサイズが大きくて、少しアンバランスなのは、食事用のテーブルフォークしか見つからなかったんだろう。片方に刺さっている薄い板チョコをみれば、そこに書いてあったのは駅ビルに入っている有名高級店の名前。まさかそんなところのケーキがお返しにくるだなんて。

「〜〜っ美味しい……!」
「そう?ならよかった」
「いまね、すごく、しあわせ」
「そんな感じの顔してる〜」
「えぇーどんな顔」
「幸せでたまんないって感じ?」
「なら成宮くんも幸せになろう」
「え、なに」
「幸せのお裾分け。甘いけどこれは是非とも食べてほしい」
「んー、一口くらいなら食べられるけど、」

フォークの頭を彼の方に向けて渡そうとするが、窓枠に乗せていた両腕を動かそうとしない。口は開けている。

「はやく食べさせてよ」
「……今日だけは特別ね」
「んん……甘っ」
「美味しいでしょ?ね?」
「すっげーカロリーって感じ。美味いけど」
「ねー!美味しいよねー!」

一口食べたらもう充分。そんなことを言われてしまったので、あとはありがたく私がいただいた。2つもあったのに、あっという間に食べきれてしまう。野球部寮の裏側で、立ったままという状況だが、それを考慮してもすごく幸せな時間だった。

「っはー幸せです。ありがとうございました」
「どうよ、俺のホワイトデー」
「とても素晴らしいです」
「当然!完璧だったでしょ?」
「ああでも、座って落ち着いて食べられたら、もっと嬉しかったかな」
「寮に入れって言ったのに、糸ヶ丘が拒否するからじゃん!」
「入っても全然落ち着けないよ」

立ったままというよりも、どちらかといえばこんな野球部寮の傍ということの方が問題だ。中に入ったら尚更落ち着けるはずもない。

「じゃあ座って食べれていたら100点満点?」
「うん、なので99点」

「じゃ、これで1点分ね」


そう言って、私の手から皿を奪い、代わりに小さな紙袋を差し出す。私はそのままの手のかたちで受け取った。

「どうしたの、これ」
「ホワイトデー。胃に消えるものだけじゃ味気ないじゃん」
「開けてもいい?」
「どーぞ」

可愛らしい包装テープを丁寧に剥がして袋をひっくり返せば、出てきたのはヘアピンだった。


「糸ヶ丘ってあんまり髪型いじったりしないけど、ヘアピンくらいなら付けるかなって」


マットゴールドのシンプルなデザインだが、ウェーブが可愛らしい。なんというか、上品だ。

「……成宮くんさあ、」
「うそ!?ダメだった!?」
「全然ダメじゃない。すごく嬉しい」
「もー!びっくりさせないでよね」
「ごめんごめん、まさかこんなにも完璧なお返しがくるとは」
「とーぜん!俺様なんだから」
「ふふっありがとね」
「で、どう?100点?」
「うん、満点」

そう返せば、満足そうに胸を張る成宮くん。今日ばかりは、文句のつけようもない。あ、初っ端に寮へ入れようとしてきたことは別だけど。そうしていると、窓の奥から成宮くんのことを呼ぶ声が聞こえた。夕食はやくしろとのことだ。私はもう一度感謝を伝えて、寮を離れた。もらったヘアピンはまた紙袋に閉まって、大事に鞄へしまいこんだ。


(あっれー、糸ヶ丘さん可愛いのつけているじゃん)
(そうでしょ?素敵な人からのもらい物なの)
(そ、そうなんだー!)
(……自分から吹っ掛けておいて照れないでよ)




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