小説 | ナノ


▼ 045

ピンポーン


「――夜分遅くにすみません」
「あら鳴ちゃん!かのえなら部屋にいるわよー」

あー、ほんと憂鬱。なんで俺が。

あの後、寮の食堂を追い出された俺は、仕方なく糸ヶ丘の家まで来た。せめてもの救いは、糸ヶ丘ママが俺のこと気に入っているってことだ。すぐに笑顔を見せてくれる。糸ヶ丘もこんな風だったらいいのに。

スリッパをパタパタとならして急ぎ気味に奥へ行った糸ヶ丘ママは、すぐ玄関に戻ってきてくれた。だけど。


「(……糸ヶ丘がついてきていない)」


アイツは出てこなかった。
もしかしたら、めちゃくちゃ怒っているのかもしれない……確かにやや無理やりなところはあったかもしれないけど、でもそれで怒るってどうなの?でも母親が呼びに来ても出てこないってことは、やっぱり怒っているのかも。ヤバイかな、どうしよう。

なんて俺の不安をよそに、糸ヶ丘ママは笑顔で手招きをしてくれた。



「さ、あがって?」


***


鳴ちゃん来ているわよ。無駄に嬉しそうな母親に声をかけられ、上着を羽織り、ジャージを履いて下に降りようとした。はずが、自室のドアをあければそこにいたのは成宮くん。

「えっなんで」
「あがってって言われたから、来ちゃったんだけど」
「お母さんめ……まあいいか」

突然の来訪だったので、準備も何もしていない。人が来るのも久しぶりだ。幸い、ローテーブルは出しっぱなしにしてあったのでクッションに座ってもらって、私もベッドの裏にしまってあったクッションを引っ張り出して正面に座った。

「で、成宮くんは何しにきたの?」
「糸ヶ丘に謝ってもらおうと思って」
「それはわざわざご足労いただき」
「……嘘だよ、謝りに来た」

めずらしく、いや、初めてではないだろうか。成宮くんが謝ろうとしてくれている。まだ謝罪を口にしてはいないけど。

「私の方こそごめんね」
「許さん」
「ええ……」
「だって俺がわざわざ投げてあげたっていうのに信じられない!」
「見たいのは見たかったんだけどさ」
「じゃあ見ればいいじゃん」
「わがまま言うと、成宮くんのすぐ後ろから見たかった」

流石にそんな邪魔な場所にはいられないだろう。そう思ったのだが、成宮くんはきょとんとした顔をしている。

「後ろなら全然いいけど」
「えっ邪魔じゃない?気が散ったり」
「エース様の集中力舐めないで!」
「すみません」
「つーか横のが危ないし」
「そうなの?」
「たまーにネットのポールに当たって球が飛んでいくんだよ。俺がミスした時くらいだから、よっぽどないけどね」
「そうなんだ……」

まさかそんなところまで考えてくれていると思わなかった。成宮くんの気遣いに申し訳なさを感じていると、「まあ俺の球筋見てほしかっただけなんだけどさ」と付け加えられる。それでも、多少なりとも優しさはあったわけで。

「ありがとね」
「べっつにー」
「今度お詫びにドリンク持っていくよ」
「前のやつ?」
「あれは神谷くんにあげた」
「なんで!?」
「受け取ってもらえなかったし」
「もっと頑張ってよ!俺と仲違いしてもいいの!?」
「うーん、」
「……いいの!?」
「あはは、嘘だよ」

こうして成宮くんと喋ることは楽しい。あらためて口にするのはちょっと恥ずかしいけど、惜しげもなく聞いてくる成宮くんに肯定の返事をするのは至って自然にできた。それでも、成宮くんは私が1週間なにもしなかったことに未だお怒りの様子だ。

「大体さー、1週間も俺と喋れなかったんだよ?」
「そうだね、すごく平和だった」
「言い方!」
「でもクラス違うし、本来は1週間会わなくても不思議じゃないよね」
「でも俺とは毎日会っているじゃん」
「ほんと不思議」

なんでだろう。いや、成宮くんが来るからだけど。どうしてくるんだろう。最近は勝負しかけにくるよりも、他校のファンがどうの、昨日雅さんがどうの、世間話をしてくる機会の方が増えてきた。おかげで原田先輩の近況にはやけに詳しくなってしまっている。

せっかくの機会だから、ずっと聞きたかったことを聞いてみてもいいかな。


「成宮くんてさ、」
「なに?」
「なんで私のところにくるの」

ともだちがいないのかと思っていたけど、廊下ですれ違う時なんかは色んな人といるのをよく見かける。あと、向こうのクラスにいけば女子生徒に囲まれていることもしばしば。彼女はいないと言っていたが、あれだけ楽しそうにしているのならそのまま自分のクラスにいたらいいのに、わざわざこちらにくるなんて。

「それは、ほら……糸ヶ丘に勝ちたくて」
「十分勝っているよ」
「でもその余裕が悔しい」
「そう言われてもなー」
「何かあるでしょ?俺に負けて悔しい!とか、これは負けたくない!とか」
「とはいっても、成宮くんに勝てることって……ねえ?」

男女の差もあって、身体的なことはどう足掻いても無理だ。女子人気だって、学園祭以降段違いだと実感している。私は成宮くんから、ライバル視されるような人間じゃないと思うんだけどなあ。


「……じゃあなんでもっと俺のこと意識しないの?」
「意識って言われても……それはどういう意味で?ファンになれってこと?」
「そうじゃなくて!ほら、あるじゃん!……伝われよバカ!」
「ああ、でも成宮くんが私より成績良かったら悔しいかも」
「いやそうじゃないって!いやでも学力かー!それは確かになー!」

ローテーブルに頭をこつんと乗せて項垂れる成宮くん。聞いたことないけど、スポーツ推薦組なんだろうな。机に突っ伏しながら、なんだか色々呟いて、急に立ち上がって「帰る」と言う。気分の移り変わりもそうだけど、行動もはやい。



「じゃ、気を付けて帰ってね」
「明日はお昼行くから!約束だから!」
「うん、待ってる」

玄関まで行って、手を振って見送る。その様子をリビングからのぞき見していた母親が、にやにやと話しかけてきた。

「やだかのえってば、鳴ちゃんと付き合っていたの?」
「付き合ってないよ。なんかライバル視されている」
「えー?でもあっちは好きなんじゃない?」
「ないよ」
「でもわざわざ家まで来ちゃうなんて……ねえ?」
「ないない。だって好きな女の子に「俺に負けて悔しがれ」なんて言う?」
「そんな話してたの? じゃあ違うわね……何なのかしら」

私も知りたい。何なんだろうか。




(成宮が勉強しているぞ!)
(どうした!?頭打ったか!?)
(ほんと失礼なヤツしかいないなこの寮は!)

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