小説 | ナノ


▼ 044

「成宮くん、おはよ」
「……ふんっ」

新学期、成宮くんに挨拶をしたらプイと無視された。彼の不機嫌の理由は分かっている。休み中に私が練習を見に行ったからだ。

これはもう一度ちゃんと謝るべきかと考えた。しかし、どっちにしろあれ以上居られる状況でもなかったし、嘘をついて褒めるのもどうかと思う。本当に怖かった。というか、その場で謝罪はした。だけどお礼は改めてちゃんと言った方がいいかと思って登校してきたのに、あの態度じゃ喋りかけられない。


「ということで神谷くん、成宮くんにこれを渡してきてください」
「やだよ」
「すみません、お願いですから」
「自分で渡した方がいいだろ」
「喋りかけようとしたら無視されちゃって」
「……仕方ねーな」

教室に着いて、すぐ神谷くんに頼んだら、神谷くんもすぐ成宮くんのクラスに向かってくれた。私の準備したスポーツドリンク等々の詰め合わせ袋を携えて。しかし、彼もまたそのまま帰ってきた。

「悪い、ダメだったわ」
「そっか。神谷くんってドリンクこだわりある?」
「ないけど」
「じゃああげる」
「いや、それ鳴のだろ」
「だって受け取ってもらえないなら勿体ないでしょ? はい」

そういえばおずおずと手を伸ばす神谷くん。プロテインバーもあったけど、これは自分で食べよう。せっかく美味しいの見つけたから食べてほしいっていうのもあったのに。

「ならありがたくもらうけど……糸ヶ丘って案外サッパリしてるのな」
「喋らない、受け取らないならどうしようもないじゃない。それに謝罪はその場で伝えたのでもうおしまい」
「……終わるといいけどなあ」

そう言いながら、神谷くんは渡したスポーツドリンクをすぐに飲み始めた。


***


「……おい、だれか鳴の不機嫌の理由知ってっか」
「先週女子に振られましたー」
「振られてないし!俺が怒らされてんの!」
「勝手にキレてんだろ」

久しぶりに練習を見に来た雅さんが、寮に戻ってからそんなことを言ってくる。引退してから3年生は現役よりも先に夕飯を食べているので、正面に座るのは久しぶりだ。でも雅さんの言っていることは間違っている。アイツが俺を怒らせているんだ。

あれから、めずらしく朝っぱらから声をかけてきたり、カルロを使って貢ごうとしてきたりしてきたけど全部無視してやった。かれこれ1週間も経つってのに、糸ヶ丘はまだ何も言ってこない。まさかこのままなんてことはないよね。……ないよね。でもこっちから頭は下げたくない。だってこの俺がわざわざピッチング見せてやったのに怖いって逃げようとするんだよ。信じられない。


「状況が分からん。一応聞く」
「あいつが!俺の球から!逃げたんだよ!」
「? 糸ヶ丘の話じゃなかったのか」
「合ってるよ」
「ならどうしてバッター相手みてえなセリフが出るんだよ」
「あのー……」

樹が口を挟んできて説明し始めた。なんか俺が無理やり引っ張ってきたとか言い出すからそこは否定して。まあ確かにネット裏に居ろって言ったけど。だってあそこが一番見やすいじゃん。あと福ちゃんも連絡もらったって言っている。そうだよ、ちゃんと許可まで取ってやったのに。


「……まあなんというか、」
「ね?俺悪くないでしょ?」
「セミの死骸持って女子追いかけまわす小学生みたいなやつだな」
「雅さんの言っている意味わかんないけど、喧嘩売られていることは分かる」
「お前はいいとこ見せるつもりかもしれねえが、糸ヶ丘をビビらせちゃ意味ねえだろ」
「でもさー、」

文句を続けようとしたけど、雅さんが先に口を開く。

「まあ鳴の本気の球舐めてた糸ヶ丘も糸ヶ丘だな、お互い様ってことで謝ってこい」

いつもなら俺だけが悪者扱いされるけど、ちゃんと糸ヶ丘も悪かったって言ってくれた。そうだよ、あいつがあんなにビビらなきゃすんだ話なんだから。

「そうですよ。糸ヶ丘さんは謝っていたんですから」
「わざわざスポドリまで準備してさ、健気だよなあ」
「そもそも、硬球当たって怪我したことある人を無理やり引っ張ってきた時点で謝罪するべきだよね」
「ちょ、勝之!!」

仕方ないから謝ってあげてもいいかなって、ようやく思ったタイミングで最悪の合いの手を勝之が挟んだ。そしたら急に、みんなの表情が厳しくなる。

「今すぐ謝ってこい」
「ダッシュで行け」
「鳴さん!ごはん食べている場合じゃないですよ!」
「何なんだよみんなして!勝之マジでふざけんな!」

だって、糸ヶ丘が言ったんじゃんか。俺の球だったらキャッチボールしても楽しかったって。だから見てほしかったのに。ちゃんと一番見やすいところでさ。なのになんでこんなことになるんだよ。


(……ったく、もー)
(電話するなら外行けよ。お前声でかいんだから)
(電話じゃない!ちょっと出かける!)

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