小説 | ナノ


▼ 043

向かうは屋内練習場。どうやらピッチャーが投げる専用の場所らしい。長いレーンがいくつかある。


「おお……すごい」
「そこに樹が座るから、そこの裏にいてね」

あれから主将の福田くんに聞いてもらって、「今日は自主練だから、他の人が来るまでなら大丈夫だよ」とのお言葉を頂けたので、ありがたく練習場に立ち入らせてもらっている。成宮くんは「別に俺の許可があればよくない?」なんて、ぶーぶー文句を言っていたけれど、流石に立ち入り禁止の練習場に入る勇気はない。

「え……ネット裏ってここ?」
「そうだよ、一番見やすい特等席なんだからね」
「見学の人って、みんなことでみるの?」
「いんや、みんなそっちの横から」
「……ごめん、横からでも大丈夫かな」
「えー横じゃ球種分からないじゃん」
「どっちにしろ分からないと思う」
「だいじょーぶ、ちゃんと順番に投げるから」

順番に、と言われても、私に見分けがつくのだろうか。というか、こんな真正面から見るのか。ちょっと怖い。いや、かなり怖い。まあとりあえず見てみよう。成宮くんが握り方の説明(全然覚えられない)をしてくれるのを聞いていれば、樹くんがやってきた。

「樹遅い!」
「これでも走ってきたんですよ!なんでこんな突然……あれ、」
「すみません、2年の糸ヶ丘です。お邪魔しています」
「糸ヶ丘かのえさん? なんで野球部に……?」

フルネームまで知られていて驚いたが、ありがたいことに今年も表彰をしてもらう機会が多かったので覚えてくれているのかもしれない。でもわざわざ聞いて「陸上部の、」と言われるのも恥ずかしいので、流すことにした。

「成宮くんの投げるとこ、見せてもらうって約束していて」
「あー、つまり鳴さんのわがままで、」
「違うっつーの!どーしても見たいっていう糸ヶ丘のわがまま!」
「そういうことになっているらしいの」
「なら、そういうことにしますね」

あんまり信用していなさそうな返事だったけれど、樹くんは了承してくれた。そういえば、彼も自主練中だったのに大丈夫だったのだろうか。心配して聞いてみれば、「いつものことですから」と返された。ほんとごめん。

「ねえ、本当に横からじゃ駄目……?」
「もーしつこいな!樹が取るの下手でもネットあるから!」
「えー……でもさあ、」

どうしてもキャッチャーの真後ろ、つまり成宮くんの正面に立ってほしいそうだ。その方が変化球が分かりやすいらしい。でもきっと、成宮くんがどれだけコントロール良かろうと、私には分からない気がするのでそれも怖い。曲がったの分からないって言っても怒らないかな。



「じゃあストレートからねー!」
「……」
「糸ヶ丘!返事しろよ!」
「えっ私?」
「お前の為に!投げるんだっての!」

キャッチャーとの交流かと思って黙っていたら、私に宛てた言葉だったようだ。

結局、そうじゃなきゃ投げないというので渋々了承し、樹くんの背後に来た。こんなゆるっゆるのネット1枚で本当に成宮くんのボールを止められるのだろうか。ギリギリまで後ろに下がろう。


「お願いしまーす!」


言えば、ようやく成宮くんは横を向く。球場でその姿をみていたが、こんな近くでみると不思議な感じだ。すごく、大きく見える。肩を慣らしたりはしないのか、そういえば出くわした時にはもう練習していた様子だった。

じぃっと見ていたはずなのに、気付いたらボールが飛んできていた。バシンと、大きな音が響く。



「……どうだったー?」
「……ぃ」
「えー何?すごい?すごいでしょ?」


「……やっぱり怖い!!すごいけど!!でも怖い!!」
「は?」



大変申し訳ないことに、すごいとか、速いとか、そんなことよりも怖い。ただただ怖い。


「えっ樹くんこんな球取っているの?怖くない?」
「まあ最初は怖かったですけど」
「でしょ!?ごめん横からじゃ本当に駄目!?」
「何言ってんの!?これからでしょ!?」

いつも記者の人たちが見学をしているという方を指さすが断られる。そこでも怖いけれど、こんな真正面よりずっといい。

「ネットあるから大丈夫だって!稲実の設備舐めないでよ!」
「ええでも……あ、他の人も来たからどっちにしろ出なくちゃ」
「あいつらを追い払う」
「やめてってば!ごめんね樹くんも!ありがと!すごかった!」
「いえ、お礼なら鳴さんに」
「成宮くん!ありがとー!」


1球で十分彼の凄さは伝わった。せっかく連れてきてもらったのに申し訳ないと謝っていれば、ちょうど他の部員がやってきた。福田くんとの約束だと、私がいられるのはここまでだ。言っていたように大きな声で成宮くんにもお礼を伝えて、足早に練習場を後にした。


(待ってってば!もうちょっと一緒に……じゃなくて!見ててよ!)
(鳴さん無理強いは、)
(樹は黙ってて!)

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