小説 | ナノ


▼ 042

「勝之!糸ヶ丘監督のこと知ってた!?」
「何、藪から棒に」
「勝之って丸亀シニアでしょ!糸ヶ丘監督!」

年が明け、明日からようやく部活が再開する。あー、はやく投げたい。
今日は早く戻ってきたやつらで自主練をしている。俺は真っ先に、話しかけなきゃいけないヤツがいた。

「糸ヶ丘のおじいさん、糸ヶ丘監督だった!」
「やっぱりそうなんだ」
「なんで黙ってたの!?信じられない!」
「聞いてどうするんだよ」
「それは……何かできるかもしれないじゃん」

先にバッティングを初めていた白河に声をかける。やっぱり知っていたんだ。糸ヶ丘と知り合いだったなんて、そんな抜け駆け、許せるわけがない。そう思ったが、そもそもこいつら知り合いじゃなさそうだ。

「孫が陸上してるって言っていたんだよ、あと同い年って」
「それ絶対糸ヶ丘かのえじゃん」
「陸上の競技人口舐めてんの」
「でもさー、練習見に行ったりしてたら顔見知りでしょ?」
「俺が入ってからは一度もない」
「そうなの?」
「硬球当たってから出禁だって」

何それ。初めてきいた。

そういえば、キャッチボールをしようと誘った時、思ったよりも嫌がっていたのを思い出した。「当たると痛い」って言っていたのは、実際に当たったことがあったからだったんだ。


どうしよう、普通に嫌だったんだ。



***


「糸ヶ丘!」
「成宮くん? 誕生日おめでと」
「ありがと!……じゃなくて!」
「いつ戻ってきたの?今日?」
「昨日からだけど!そうじゃなくて!怪我のこと!」

「怪我!?したの!?」
「俺じゃなくて糸ヶ丘が、」

昨日も会ったばかりの成宮くんに声をかけられた。

陸上部は7日まで休みとはいえ、三が日が終われば学校は開く。4日から自主練をしている人たちに遅れつつ、5日、ようやく学校に来た。

とはいえ、大型の道具は使えないので、ひたすら走るしかしていない。ようやく昼になったという気分だ。一度帰ろうと歩いていたら、焦った様子の成宮くんにそんなことを聞かれて首をかしげてしまう。怪我なんて一切していない。

「硬球当たったことあるんでしょ」
「やだ、誰から聞いたの」
「シニアにいたヤツから。キャッチボール、怖かったなんで言わないのさ!」
「……言ったよね?」
「怪我したなんて知ってたら無理に誘わなかった!」
「だって恥ずかしいじゃない」

確かに昔、おじいちゃんに着いて行って草むしりをしていたら、ボールが飛んできて足に当たったことがある。骨や筋に何かあったわけでもなかったけれど、あれは随分痛かった。
とはいえ、あとでおじいちゃんや運んでくれた人に怒られたように、いくら距離があったとはいえ、野球の練習中にあんな場所で草むしりをしているのは危ないと、散々𠮟られたのだ。人に言いたい話ではない。

「でもキャッチボールは楽しかったよ? やってよかった」
「……ほんとに?」
「うん。成宮くんくらい上手い人じゃなかったら信用できなかったと思うし、成宮くんがいなきゃ一生キャッチボールしなかったかも」
「ま、まあ俺だからね!」
「そうそう。だからありがとう」
「へへっどういたしまして!あ、そうだ!糸ヶ丘も自主練だよね?」
「うん? そうだけど」
「本気で投げているところ、見せてあげる!」
「えっいいの?」

そういえば、キャッチボールをしていた時に言っていたことを思い出す。本気の球はもっとすごいと。あんまり人の多いタイミング、というか、通常練習の時に部外者がネット裏にお邪魔するなんてできないだろう。本当にいいのかと繰り返したら、成宮くんはにんまり笑う。

「糸ヶ丘が見たいなら、仕方ないもんね」
「やった!見たいです」
「危ないならネット裏ね。あと写真とかは駄目だから」
「うん」
「距離あるから、何か言いたい時は叫んでね」
「分かった」

一通りの注意が終わると、成宮くんはどこかに電話し始めた。イツキと呼んでいる。確かキャッチャーの子だったっけな。今日は自主練習だから居場所が分からなくて、連絡を取っているのかもしれない。ピ、とケータイのボタンを押して、成宮くんがこちらを見る。どうやら、連絡が取れたようだ。


(じゃあ屋内練習場行くよー)
(確認だけど、今日は部外者入っていいんだよね)
(ん?ダメだと思うよ)
(えぇっ!?)

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