小説 | ナノ


▼ 041

冬休みもようやく終わりだ。つまんない。つまんなすぎる。

実家に戻って美味しいもの食べて、はい終わり。ケータイへの連絡だけはじゃかじゃか来る。テキトーに一言返して終わり。姉ちゃんが4日まで仕事っていうから仕方なく今日まで実家残っていたけど、プレゼントだけもらってはやく学校に行けばよかった。明日にはようやく寮に戻れるけど、暇すぎて昨日身支度しちゃったから、マジで今日は暇だな。

あーあ、あいつ今頃大学生と練習しているんだろうなー。そういえば、大学陸上って男女一緒なのかな。やだやだ、それだけはやめてほしい。

なんて考えながら、無心で走っていた。



「あー……糸ヶ丘に会いたい」
「いますけど」


「……」
「……あけましておめでとう、家この辺りなんだね?」


「……糸ヶ丘!?」
「えっ何よ今更。わざとらしい」


どうせ私が正面から走ってきたの、気付いて言ったんでしょ。そう言って、くるりと向きを変え俺の隣を歩き始める。

「なんでいるの?練習混ぜてもらうって大学この辺り?」
「ううん、おじいちゃんの家がそこ降りたところなの」
「えーめっちゃ近いじゃん!」
「成宮くんの家はどこ辺り?」
「大通りの坂あがったところ」
「全然近くないじゃん!走ってきたの?あんなところから?」

俺からすれば東京なんてざっくりした情報しかなかった糸ヶ丘の実家が、こんな走ったらすぐの場所にあったんだ。十分近い。


「もー暇すぎてさー、走り込みしかすることないんだよねー」
「学校でも言っていたよね。あ、お昼って食べた?」
「朝飯遅かったからまだ。何?糸ヶ丘の手料理でも出してくれるの?」
「うん、”糸ヶ丘”の手料理!」



***



着いてきた糸ヶ丘の家は、それはもう凄かった。

「でっっっか!」
「古い家でしょ。中はリフォームしていて小綺麗だから安心して」

一階だけの平屋で、だだっ広い庭が広がっている。これ、普通にキャッチボールできる広さあるでしょ。俺の家を金持ちって言っていたけど、糸ヶ丘も大概じゃん。

「……ねえ、確認なんだけど、この家って誰がいるの」
「ん?お母さんお父さんと、あとおじいちゃん」
「……ねえ、俺って汗くさくない?」
「分かんないけど、気になる?ちょっと待ってて」

さっきまで走り込みをしていた自分を思い返す。冬とはいえ、着込んで走れば汗もかく。いくらなんでも、糸ヶ丘のご両親と会うのにこんな姿じゃいられない。

「はい、汗拭きシート」
「さんきゅ」

心配していれば糸ヶ丘は自分の腰につけていたウエストポーチに入れている汗拭きシートを貸してくれた。糸ヶ丘も汗を拭く。自分の家なのに汗拭いてから入るんだな。糸ヶ丘ってそういうとこ、ちゃんとしているんだよな。

緊張する俺を他所に、糸ヶ丘はがらりと玄関の扉を開けた。横開き、日本家屋って感じ。

「ただいまー」
「おかえり〜お蕎麦できているわよー!」
「あっお母さん!もう1人前茹でてほしい!」
「なーにかのえ、あんたどれだけ食べるつもり……あらー!」
「はじめまして、かのえさんの同級生の成宮鳴と言います」

頭を下げて、自己紹介をする。糸ヶ丘のお母さんは俺のこと知っているらしいけど、こういうのは最初が肝心だ。だって、また会うかもしれないんだから。かもっていうか、絶対会ってやるけど。

「鳴ちゃん!あらやだすごい!本物!?」
「さっき偶然会ったの。おじいちゃんのお蕎麦、どうせ余っているでしょ?」
「そうなのよ、また張り切っちゃって。鳴ちゃん食べてってくれる?」
「はい!ありがたく頂きます!」

糸ヶ丘の後に続いて靴を脱いで、廊下に上がる。糸ヶ丘の靴に並べるように、ランニングシューズを端に寄せた。洗面所に向かう糸ヶ丘の後を、家の中をきょろきょろ見渡しながら歩いてしまう。やっぱりデカい家だ。

手を洗った俺達は、すぐ台所へと向かった。

「おじいちゃんたちは?」
「ボランティアの人にお蕎麦配りにいったわよ」
「もー、そろそろやめたらいいのに」
「ね、鳴ちゃん2人前くらい食べられる?寮だとたくさん食べるのよね?おネギ入れてもいい?」
「蕎麦好きなのでいくらでも食べられます、ネギも頂けるなら嬉しいです!」
「やだかわいー!こんな息子ほしかったわー!」
「ちょっと、娘にも聞きなさいよ」
「あんたのも入れたわよ」
「扱い!何なの!」

めずらしく声をあげる糸ヶ丘。こんな糸ヶ丘ははじめてみた。いつも大人ぶっているのに、母親の前じゃこんななんだ。ウケる。かわいい。ちょっとニヤけてしまう。

「やだ、お味噌ないじゃない。ちょっと出てくるわね」
「買ってこようか?」
「鳴ちゃんと二人きりにしてくれるの?やだうれしー」
「今すぐ自分で買いに行って」

いくら俺でも好きな子のお母さんと二人きりになるのは緊張してしまう。ドキツとしたが、結局瀬名のお母さんが買いに行くようで助かった。

あれ、そういえば、”おじいちゃんたち”が出かけているということは、もしかして糸ヶ丘と二人切なのでは。意識すると急に緊張してくる。普通に、普通にしないと。


「……糸ヶ丘のお母さんって、おもしろい人だね」
「えーそうかな」
「なんかもっと、落ち着いているかと思ってた」
「あはは、確かに落ち着きはないかも」

なんて軽口を叩きながら、蕎麦をすする。大晦日に食べたばっかりだし、ぶっちゃけ蕎麦が好きなわけでもないけど、普通に美味しい。これ、糸ヶ丘のお爺さんが打ったっぽいよな。趣味で蕎麦打つ人って本当にいるんだ。



「はー、美味かった!」
「ほんと?おじいちゃん喜ぶよ」
「おじいさんにもお礼言わないと」
「多分そのうち帰ってくると思うよ……あ、きたかも」

食べ終わった俺は、食後の休憩ということでリビングで休ませてもらっていた。リフォームしたと言っていた通り、外装に似つかわしくないフローリングと、大きなソファがいくつかあった。

糸ヶ丘の出してくれたほうじ茶を飲みながら喋っていると、がらがらと音が聞こえた。糸ヶ丘が立ち上がり、おじいさんを迎えにいく。父親は母親を迎えに行ったと連絡が会ったらしい。仲いいんだな。いいなあ。



「――でね、おじいちゃんのお蕎麦気に入ってくれて、」
「ほう、それは見る目ある良い男だな」
「蕎麦だけで人間性決めないでよ」

2人の声がだんだん近づいてきた。父親相手よりも、おじいさん相手ならまだ気が楽だ。でもぬかりない俺。しっかり立ち上がって、ドアの開いた方を見た。



「はじめまして、稲城実業の成宮鳴と申します」


俺達の年代のおじいさんにしては、随分とガタイがいい人がいた。見た目も若い。でもおじいちゃんって呼んでいたから、おじいさんで間違いはないはず。というか……どこかで見覚えがある。あ。

「……ま、丸亀シニアの……!」
「おお、投手の成宮か」
「え、何、二人とも知り合い?」



***



そのあと、白河の話をして、甲子園の話をして、糸ヶ丘の話もちょっとだけ聞いて、糸ヶ丘家を後にした。帰りはどうするのかと聞かれて、走って帰ると言えばちょっとだけ一緒に歩くと言ってくれる。何だよそれ、喜んじゃうじゃん。


「まさかおじいちゃんと成宮くんが知り合いとはねー」
「本っっっっ当にびっくりした!ていうか糸ヶ丘監督の孫なのに野球知らないとか正気?」
「まさか監督しているとは思わなかった。いつ行っても草抜きしているし」

小さい頃はよく練習を観に行ったりしていたらしい。そういえば、白河がシニア時代の監督が随分厳しかったと言っていた覚えがある。あの白河が言うくらいだからよっぽどだろうと、丸亀に入らなくてよかったと思ったことも覚えている。糸ヶ丘の真面目ったらしい性格はおじいさん譲りか。


「そういえば糸ヶ丘っておじいさんの名字?」
「お父さんが婿入りしたの」
「へー」
「お父さんもおじいちゃんのボランティアのチームにいてね」
「シニアのチームな」
「そうそれシニア。お母さんもたまに練習見に行ってんたんだって」
「幼馴染ってやつ?」
「うん」
「それで結婚までいくってすげーな、漫画みたい」
「言われてみれば、そうかもね」

幼馴染。野球の繋がり。家族も既知。土台は完璧だ。まあ俺と糸ヶ丘も高校生から付き合っていけば、結婚する頃には充分幼馴染感が出るよね。うん。




「この辺りでいいよ」
「分かった、じゃあまた学校でね」

「……あのさ!」
「なに?」
「明日って俺の、」

言おうか悩んで、言っていなかったことを告げようとした。が、糸ヶ丘の人差し指が俺の口元に近づいてきた。静かに、って言われている感じ。黙ってしまう。


「……ちょっと早いけど、誕生日おめでと」


教えたことはない。でも、欲しかった言葉。

「知ってたの!?」
「えへへ、実は知っていました。プレゼントは学校始まってからにするね」
「なんで!今ちょうだい!」
「だって走って帰るんでしょ?荷物になるじゃない」
「いいって!ほしい!」
「えー、仕方ないなあ。また戻るけどいい?」

どうせもらうなら、一番にもらいたい。誰よりも糸ヶ丘からほしい。そこまでは流石に言えないけど、俺のわがままに付き合ってくれた糸ヶ丘とまた同じ階段を降りて糸ヶ丘家に迎えば、また蕎麦を配りに行くつもりだったのか、糸ヶ丘監督が大量の袋を抱えて出てくるタイミングだった。


(どうした、蕎麦持ち帰るか?)
(え、あ、はい!)
(成宮くん無理しなくていいよ、おじいちゃんは蕎麦押し付けるのやめて)

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