小説 | ナノ


▼ 040

「糸ヶ丘!行くよ!」
「わ、はやい。ちょっと待ってて」
「はーやーくー!席なくなっちゃう!」

来たる約束の日、学食へと向かうべく成宮くんが12時のチャイムと同時にこちらのクラスへとやってきた。前の授業をちゃんと受けてからきたのか不安になる。

学食を使う生徒が最近多いので、確かにタイミングを間違えると人と人との間を縫って席を探すことになる。できればサッと食べて、サッと帰りたい。急ぎ足で食堂へと向かった。


「糸ヶ丘は何食べたい?何でもいいよ」
「うーん……じゃあ焼き魚定食が食べたい」
「デザートないやつじゃん。プリンもつけたげる」
「え、別にそこまでしなくていいって」
「いーの!甘いの好きでしょ」

成宮様からのサービスだよ。そう言って券売機を押していく。焼き魚定食とプリン、それに成宮くんが自分で食べるのであろうおかず単品をいくつか。それと白玉ぜんざい。なんというか、手馴れている。

「成宮くんって結構学食使うの?」
「全然。なんで?」
「慣れているなーって思って」
「券売機に慣れも何もないじゃん」
「私、多分人生で一度も使ったことない」
「嘘でしょ!?それならそうと言ってよ!」
「言ったらどうなったの?」
「糸ヶ丘に押させてあげた」
「こどもじゃあるまいし」

たくさんの食券を持った成宮くんが驚いた表情で振り返る。食堂へ来るときは大体先輩が奢ってくれる時だし、部活でラーメン屋に行った時も先輩が奢ってくれたので、そういえば押したことない気がする。思い返してみたら、私は色んな人に奢ってばっかりな気がする。後輩連れて行く時は安いバーガー屋ばかりだし、もうちょっと色んなお店に誘おう。よし。

「糸ヶ丘は水もらってきて、席取ってくる」
「分かった。どの辺り?」
「テラス側」
「了解。席取りよろしくね」

雨なのに?と一瞬思ったが、奥の方が何かしら都合でもいいんだろうか。
水を入れるくらいは流石にできる。自分のトレーに2つ分の紙コップを乗せて、テラス側を歩く。結構人が多くなってきたのに、まだ成宮くんが見つけられない。どこだろう。

「……糸ヶ丘先輩?」
「あ、おはよ」
「めずらしいですね。学食にいる糸ヶ丘先輩、初めて見ました」
「……成宮くんが奢ってくれるっていうから来たんだけど、」

声をかけられ振り向くと、よく応援に来てくれる一年生の女の子。ふわりと揺れる丸いショートボブが可愛らしい反面、成宮くんの名前を出せば、ちょっとだけ顔をしかめる。こんな反応する女の子もいるんだ。なんだか新鮮。でもすぐに笑顔になって、親切な言葉をかけてくれた。

「成宮さんなら入り口すぐのところにいました」
「えっほんと?教えてくれてありがとう」

トレーを片手に持って、空いた手を振る。向こうもお辞儀をしてくれた。直接の後輩でもないのに、ほんと、礼儀正しくて良い子だなあ。


「糸ヶ丘ー!こっちこっち!早く食べよー!」


それに対してこの男は。

「糸ヶ丘!遅いよー!はやくー!一緒にごはんー!」
「わ、分かったから!」

どうしてそんなところにいるんだ。テラス側、つまり一番奥にいた私を、一番入り口近くにいる成宮くんが叫んで呼ぶ。一度呼ばれた段階で気付いたのに、何度も呼ぶ。周囲の目も集まり、迷子になっているようで恥ずかしいからやめてほしい。ようやくたどり着いた場所は、本当に入り口すぐの長テーブル。成宮くんは出やすい端の席を、向かうようにして取ってくれていた。


「遅いよもー!」
「ごめんね。というかテラス側やめたの?空いていたけど」
「うん、返却口こっちにもあるの忘れてた」
「そっか、席ありがと」
「いいよ!それより早く食べよーお腹空いた!」

両手を合わせて、食べ始める。定食は多分初めて注文したけど、これは美味しい。いつもと違って温かいごはんなことも相まって、すごく箸が進む。成宮くんも同じようで、ばくばくと白米をなくしていく。
温かいごはんはやっぱり美味しい。他の定食も食べてみたいな。また来よう。なんて喋りながら食べ進めて、ようやくデザートに手を付ける。その段階で、ようやく気付いた。


「……成宮くん」
「どした?白玉食べる?」
「いや、あの、視線がすごいね……って思って」
「まー俺様だし?で、白玉好き?」
「まあ好きだけど」

入り口すぐのところにいるせいで、来た人来た人がこちらを見ている。たまに指さす人や、思いっきりこちらの名前を出す人もいる。いっそ声をかけてくれと思うのだが、案外知り合いはいない。野球部は寮弁当だし、陸上部も家から持ってくる人ばかりだから。

しかし、成宮くんは流石というか、全然気にしていない。なんなら「めーちゃんだー!」と騒いだ先輩に手を振っている。キャーなんて声も上がっていて、さながらアイドルだ。

「ほら、糸ヶ丘。くち開けて」
「……何?」
「だーかーらー、白玉一個あげる!」
「えっいいよ、プリンで十分幸せだから」
「十二分に幸せもらいなよ、ほら!」

スプーンに白玉を1つ乗せた成宮くんが、ずいとこちらに腕を伸ばす。しかし、流石の私もこれだけの視線を感じながら、口を開ける勇気はない。

「や、ほんとうに大丈夫ですすみません」
「なんで謝るの!ほら!美味しいって!」
「じゃあせめてスプーン貸して」
「いいじゃん面倒くさいからこのまま、痛っ!!」


「何迷惑かけてんだ」


成宮くんの頭が突然揺れた。差し出されていた白玉は私のプリンの上にちょうど落ちた。

見上げるとそこにいたのはトレーだけを持った原田先輩。どうやらそのトレーで成宮くんの頭を叩いたらしい。多分角度的に、叩いたのはカドだ。成宮くんが結構本気で涙目になっている。

「雅さんマジで痛い!」
「悪ぃ、思ったより強くなった」
「ていうか今日球団の人と会うんじゃなかった!?なんでいるわけ!?」
「雨で延期。寮で弁当頼んでなかったもんで学食にきたらコレだ」

原田先輩はプロに進むらしい。この間、神谷くんが朝から新聞を持って教えにきてくれた。どうせテレビ観ていないだろって。当たり。全然知らなかった。そのあと1時間目が終わってすぐに成宮くんが同じ新聞を持って報告にきてくれた。私はどれだけ世間に疎いと思われているんだ。当たりだけどさ。

「糸ヶ丘にあんまり迷惑かけんな」
「かけてないし!むしろ奢ってやっているんだし!」
「すみません原田先輩、これは本当です」
「そうなのか」
「先週糸ヶ丘が弁当作ってきてくれたお礼だよ!」
「ちょ、成宮くん声大きいってば」

この距離感なのに大きな声でそんなことを言わないで。話の内容が聞こえたのか、背後でどこかのグループが騒いでいる気配がした。原田先輩もそれに気付いたのか、少しだけ周囲に目を向けてからため息をついた。

「ったく、わざとかよ」
「へへっ」
「お前がこんな小賢しい真似するとはな」
「そりゃ俺だって必死になることもあるよ」
「……野球とか?」

あんまり話の流れを理解していなかったけれど、成宮くんがこっちをみるので、つい口を挟んでしまった。が、どうやらすっとんきょんな返事をしてしまった気がする。二人が黙り込んでしまった。どうしよう、微妙な空気が流れる。どうしよう。喋らなければよかった。さっき大声で名前を呼ばれた時よりもよっぽどはずかしい。

「……必死になるのが少し分かった」
「は!?分からなくていいから!もー雅さんどっか行って!」
「ったく、」

じゃあな。トレーをあげて原田先輩は去っていった。と言っても、今から食堂でごはんを食べるんだろうけど。成宮くんが不機嫌そうに原田先輩の悪口(主に見た目)を言っているうちに、プリンと白玉を美味しく頂いた。



(鳴先輩たち、噂になってましたね)
(やっぱり?樹の学年まで話流れちゃった?照れるなあ、へへっ)
(甲子園バッテリーが夫婦喧嘩してたって)
(雅さんとじゃん!ちげーよ!糸ヶ丘との噂流せよ!)

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