小説 | ナノ


▼ 039

「糸ヶ丘!メシ!」
「糸ヶ丘はメシじゃありません」
「分かってるよ!面倒なやつだなー」
「……」


なんで人様に弁当を作ってもらっておいて、こんなにも偉そうなんだ。

「ごはん持ってきた?」
「もちろん!米は高いから、流石に要求しないよ」
「……成宮くんにも経済観念あったんだ」
「失礼じゃない!?」

思いもしなかった返事に、ちょっとひどい言い方をしてしまった。自分でも不躾だと思えたので、素直に頭を下げる。

「ごめんごめん、あんまり高校生でお米の値段気にする人知らないから」
「ちゃんと家庭的な男でしょー?旦那にオススメ!」
「じゃあ舌の好みが合うか確かめますかね」
「しっかり料理の腕を確認してあげるよ」

成宮くんは野球部寮から持ってきた白米たっぷりのタッパーをさっさと机に開けて、私の作ったおかずを待つ。

「……おぉー、これ全部作ったの?」
「約束しておいてお母さんには頼めないでしょ」
「へー、普通に美味しそうに見える」
「見た目だけじゃないことを祈るよ」

成宮くんと約束をした(というか、一方的に命令された)からお弁当を作ってきた。でもいまいち量が分からなくて、ともかく大きめのタッパを選んで詰めて持ってきたんだけど、成宮くん食べきれるかな。残ったら放課後自分で食べよう。

「あっ玉子焼き!甘い?」
「甘くないよ」
「分かってるじゃん!これ鶏肉?」
「うん、むね肉だよ。多分やわらかいはず」
「ほんほら!ほいしー!」
「食べてから喋ってよ」

多分美味しいって言ってくれているんだと思うけど、あんまり何言っているのか分からなかった。ともかく、勢いよく食べてくれているから気に入ってはくれているんだと思う。

「……っ美味しかった!ごちそーさま!」
「それは何より」
「でも普通に美味しくてつまんない」
「……どうしても文句言いたいわけ?」

私の心配をよそに、成宮くんはあっという間にぺろりと平らげてくれた。なるほど、人に料理を振る舞うのが好きって言っている人の気持ちはこれか。

「そうじゃないけどさー、俺の好みをあーだこーだ言いたかった」
「そんな目に合わなくてよかったよ」

なんだそれは。絶対面倒なことになっていた。そういえば、成宮くんに好き嫌い聞くのを忘れていた。絶対わがまま言うと思ったのに、案外何でも食べる。聞いてみれば、身体づくりに必要ならば食べるらしい。流石、ストイックな男。

「煮物って久しぶりに食べたかも」
「寮だと出ないんだ?」
「人数多いからねー作る時間ないんじゃない?」
「確かにあの人数は大変だよねえ」
「これも大変だった?」
「成宮くんのは別に」
「見栄張らなくていいよ、大変だったでしょ」
「だって自分のと同じ中身だし」
「いーや、きっと糸ヶ丘は大変だったはず」

タッパーを閉まって、わざとらしく頷いてそう言い張る成宮くん。私に大変な思いをしていてほしい理由がさっぱり分からない。でも、何か恩でも売れるのかもしれないし、ちょっと乗ってみることにした。

「えーっと……確かにいつもより卵使ったから……大変だったかな?」
「でしょ?大変だったんでしょ?」
「あー、うん、そうね」
「ならお礼に、来週は学食奢ってあげる!」
「……うん?」

一体なぜ私に大変な思いをしていてほしいのか。その疑問が、すぐに解決した。どうやらお礼をしてくれるとのことらしい。成宮くんが、ちゃんとお返しをするだなんて。

「何その反応!この俺が奢ってあげるって言っているんだよ!?」
「いや、まさか本当に恩を正しく返してくれるとは思わなくて……」
「何それちょー失礼!」
「ごめんごめん、でも学食って久しぶりだから素直に嬉しいよ」

人が多いから避けていた学食。1年生の時はたまに訪れていたが、2年生になってからはほとんど行っていない。

「じゃ、来週はお弁当持ってこないでね!」
「分かったけど、何曜日?」
「んー決めてない!」
「決めてよ、私いつお弁当作らずにいたらいいのさ」
「また決まったら言いに来る!」

久しぶりの学食。それに、成宮くんがお返しをしてくれる。レアなイベントにちょっとわくわくしてしまっていた。だからこの時の私はすっかり忘れていたのだ。


成宮鳴という人の、学内人気というものを。



prev / next

[ back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -