小説 | ナノ


▼ 038

「糸ヶ丘の両親って実家どこ?」
「どっちも東京。だから帰省で遠く行ったりはないよ」
「へー、つまんないね」
「成宮くんはどこ出身だっけ」
「俺も東京」
「同じじゃないの」
「そ、つまんないんだよねー」

神谷くんの椅子に座って、のけぞるような姿勢で天井を見ながらそんなことをいう成宮くん。そういえばもうすぐ冬休みだ。年末は合宿があるけど、年始はおじいちゃんの家に行くのが糸ヶ丘家の恒例行事である。

「陸上部っていつまで休み?」
「年始は冬休み終わるまでだよ」
「じゃあ7日まで休みなの?長くない?」
「野球部は三が日だけ?」
「ううん、5日まで休み」
「ちょっと短いね」
「長いってー冬休みとか暇でつまんないー」

本当につまらなさそうだ。そういえば、成宮くんは特技野球の趣味野球って雰囲気がある。野球以外のことやっているイメージが全くない。案の定それは当たりらしく、年始もずっと走ったり投げたり素振りしたりしているそうだ。ストイックだなあ。

「……糸ヶ丘もどうせ暇しているんでしょ?会っちゃう?」
「ごめん、私はすごく忙しいです」
「なんで!?」
「大学進学した先輩がね、練習混ぜてくれるって」
「大学の設備でするの?めっちゃ面白そうじゃん」
「でしょ?すごく楽しみ」

こういう時に同意してくれるところは、成宮くんと喋っていてすごく楽しい。他のみんなは特別な設備でしっかりとした練習のできる素晴らしさをいまいち分かってくれないから。でも、私は彼ほど自分に厳しくしていないから、実は買い物に付き合ってもらう予定もあることは黙っておこう。

「いいなー、俺もプロの練習混ざりたいなー」
「プロに行く人と練習していたのに?」
「雅さんはまだプロじゃないし」
「でもあっという間にプロだよ、いつかサインもらえるかな」
「あんなゴリラのサインほしいの?」
「お母さんミーハーだから……それよりも、先輩に対してなんて言い様」

なんてったって、私が稲実に進学すると決まってから、あらためて今の高校野球を真面目に勉強しはじめたくらいだ。近くに有名人がいるとなると、なんだかわくわくするらしい。実際、近所でランニング中の原田先輩を見かけたと言って騒いで帰ってきたこともある。

「ミーハーなら俺のことも好きなんじゃない?糸ヶ丘ママ」
「……あんまり言いたくない」
「も、もしかして嫌われてる……?」
「逆……めちゃくちゃファンしているの」

自分の母親が同級生を見てキャーキャー言っている様子なんて、気まずいったらありゃしない。

「へ、へー!流石俺じゃん?」
「最近まで全然観なかった高校野球見始めてさ、」
「いいじゃん、俺のサインもらっておけば?」
「サインあるの?」
「今から考える」

そういって、成宮くんは自分の座っていた席からノートを取り出す。当然、彼自身の物ではなく、神谷くんのノートだ。

「やっぱローマ字かな?かっけーし」
「左利きだと筆記体書きにくいんじゃない?」
「つーか書けない。なら漢字か」
「ひらがながいいよ。成宮くんの名前かわいいし」
「かわいくない!かっこいいって言って!」

なるみやめい。ら行ってなんとなく可愛いし、ま行は女の子らしく感じる。私のイメージだけれど。そう思うと、ナルミちゃんって女の子みたい。これは流石に言うと怒られちゃうかな。

「めいちゃんって呼ばれるのはいいんだね」
「ファンだから許す。バカにしてたら殴る」
「野蛮」
「糸ヶ丘もファンになったら下の名前で呼んでいいよ」
「ならないから成宮くんって呼ぶね」

どれだけファンに飢えているんだ。もう充分全国各地に成宮くんのファンはいるだろうに。

「……糸ヶ丘なら例外的にファンじゃなくてもいいよ」
「成宮くんって呼び続けるね」
「なんでだよ!鳴のが呼びやすいでしょ!」
「成宮って名字かっこいいじゃない」
「っこの人たらしは!すーぐそういうこと言う!」

やめてよね。またぎゃーぎゃー文句を言ってくる。かわいいと言ったら怒るし、かっこいいと言っても怒る。褒めないと怒る。どうしたらいいんだ。

「でも、糸ヶ丘って名字よりも成宮のがかっこいいよ」
「私のご先祖にまで失礼するとは」
「名字気に入っているなら結婚してあげようか?」
「やだ、成宮くん家事とかやってくれるイメージない」
「するし!めっちゃ洗濯しているし!」
「野球部着替え多いもんね。そういえばさ、」
「結婚の話、もう終わりなの!?」
「えっこの話題まだひっぱる?」

いつもぽんぽん話題が変わるのに、どうしたんだ。もしかして、料理できるアピールなんかが入ってくるのだろうか。

「えーっと、成宮くんって料理できたりするの?」
「それは無理。糸ヶ丘も無理じゃん」
「私最近お弁当自分で作っているよ」
「えっそうなの!?言ってよ!」
「言ってどうするのさ」
「俺様が味見してあげる!」

笑顔でそういう成宮くん。旦那さんというよりも、姑的な意見が出てきそうでちょっと怖いな。ああでも、出汁巻き玉子は一度奪われたことあったなあ。私が作ったって言い逃したけど、美味しいって言われて嬉しかった。明日は出汁巻き玉子、余分に一個入れようかな。


(作ってきて!来週!)
(そりゃ自分のお昼だから作るよね)
(そーじゃなくて!俺の分!)

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