小説 | ナノ


▼ 036

「糸ヶ丘!今日のお昼待ってて!」
「うん?」

成宮くんは気まぐれでお昼休みに突然弁当を持ってこちらの教室へやってきたりすることがある。しかし、わざわざ前もって言ってくるのは初めてだ。何かあったのだろうか。
もしかしたら、別の場所で食べるつもりなのかな。いつも私が先に弁当を広げていて、成宮くんはそれに混ざる形でお昼を共にしているから。

その考えは当たっていたようで、12時のチャイムとほぼ同時に現れた成宮くんは、「ちょっと来て」と言ってどこかへ歩き始めた。お弁当持ってない。学食かな。


「――や、野球部寮……?」
「うん、入って入って」
「いやダメでしょ!?」

学食にでも行くのだろうかと思ったら、なぜか逆方向の渡り廊下を歩いていく。じゃあ中庭?なんて思っていたのに、更に通り抜けてなんと寮まで連れていかれた。部外者が入ってはいけないことは有名だ。

「そういうと思ったので、ちゃんと雅さんにOKもらいましたー!ま、食堂までだけどね」
「ええ……本当に?」
「信用ないなあ、大丈夫だよ。寮母さんも通してくれるって」

言われて入ってみれば、確かに入り口にいた女性はにこやかに笑って見送ってくれる。本当にちゃんと許可取ったんだ。目的は分からないけれど、成宮くんがわざわざちゃんとした手続きを踏んでいたという事実に驚いてしまう。


「おお……広い」
「何人いると思ってんのさ、妥当なサイズだよ」
「考えたらそうだよね、でもすごいなあ」

通された食堂は随分な大きさだった。これで更に他にも色んな設備があるというのだから、あらためて野球部の凄さを痛感する。

「せっかくだからレンジで温めよーっと。糸ヶ丘も温める?」
「いいや、ありがとう」

わざわざこうして野球部寮に入れてくれたことを考えると、先に食べ始めるのはちょっと申し訳ないので成宮くんのお弁当が温まるのを待っていた。いつもは成宮くんの弾丸トーク聞いているので私の方が早く食べ終わるのだが、今日はあんまり喋らなかったから同じくらいに食べ終わった。


「……で、糸ヶ丘はどうしたの?」
「それはどういう意味でしょうか」
「なんか落ち込んでない?気のせい?」

違うならいいけど。一応逃げ道を用意してくれる優しさが、私の心に刺さる。正直いうと、ちょっと落ち込んでいることがある。

「まあ、ないわけでもないけど」
「ほらやっぱり!カルロの嘘つき!」
「別に神谷くんも私のこと100%知っているわけでは、」
「そりゃそうだよ!俺の方がよっぽど詳しいし!」
「成宮くんは一体私の何なの」
「……むしろ糸ヶ丘は俺とどういう関係だと思う?」

まっすぐにこちらを見つめる成宮くん。もしかしたら、私の考えていることがバレてしまったのかもしれない。

「……あのね、成宮くんは気付いているかもしれないけど、」
「っうん!」
「……あー、改めて口にするのはすごく恥ずかしい」
「言って言って」

背中を押された私は、順番に私の考えを紡ぐ。
まさか誰かに喋るだなんて思っていなかったから、うまく伝えられるか分からないけれど。それでも、成宮くんは最後まで話を聞いてくれた。




「……えーっと、つまり糸ヶ丘は『成宮鳴にライバル視されていても気にしていないつもりだったのに、いつの間にか比べて落ち込んでいた』、ってこと?」
「もー改めて言わないで!恥ずかしいから」

「俺のこと意識してくれているのはいいんだけど……えっそれだけ?」
「だけって何!?すごく恥ずかしいんだから!」

とどのつまり、『成宮くんと自分を比べて、自分のふがいなさに随分とショックを受けてしまっている。』という事実にショックを受けている。

そりゃあ成宮くんの方が全国的に有名だし女子人気も高い。それは分かる。ファンも多い。当然分かる。でも成宮くんよりもしっかりしている自信はあった。彼みたいにわがまま言わないし、生活態度もいいと思っていた。なのにこれだ。自分の勝手で周囲に心配をかけて、おまけにわがまま少年だと思っていた成宮くんに助けられて。

「ほんとごめん……成宮くんがだらしないって思っていたわけじゃないけど」
「思ってんじゃん!」
「ごめん……私生活に関しては私の方がしっかりしていると思っていました」
「もー何なの!本っ当失礼!」
「何も言い返せません……」

成宮くんがめちゃくちゃに罵ってくる。そりゃそうだ。

「大体さー!プロっていう人気商売しようとしている人間が、最低限のことできないと思う?」
「成宮くんそこまでプロになること見据えているの……?」
「そうだよ!知っててよ!」
「ご、ごめん」

冷静に考えたら彼の将来設計なんて知るはずもないのだが、今は何を言われても謝ってしまう。

「大体、糸ヶ丘の生活態度って特別いいわけでもないじゃん」
「え、そう言われるとショック」
「そりゃ最低限のことはしてるけど、別に普通に規則守っているだけだし」
「それは確かに……」

成宮くんが好き勝手しているだけで、確かに特別なにかやっているわけでもない。先生の手伝いをよく名乗り出たりするだけだ。

「あと、俺は糸ヶ丘がモテるっていうから興味持っただけだし」
「モテはしないけど……」
「女子から!最近も調理実習のカップケーキ20個もらったらしいじゃん!」
「よく知っているね」
「俺10個だった!なんで!?」
「私甘いの好きって公言しているからじゃないかな」
「俺は別に好きじゃねーし」
「じゃあちょうどよかったじゃない」
「それもそうだ」
「あははっ何それ」

何だかんだで、結局いつもの雰囲気に戻った。未だに恥ずかしさはあるけど、本人に白状してよかったと思う。すっきりした。

「じゃ、そろそろ教室戻るかなー面倒だけどなー」
「野球部寮も新鮮で楽しかったけどね」
「そう?遠いし面倒だから明日からは糸ヶ丘の教室でいいや」

確かにちょっとバタバタしてしまう。そんな何度も来られる場所じゃないから、私は素直に楽しかったけれど、成宮くんからしたら毎日過ごしている場所だ。
そして、また明日からは私のクラスで食べるらしい。自然にそんな話題が出て、ふと気付く。



「ねえ、思ったんだけどさ」
「何ー?」
「文化祭の評判を聞くに、今やどう見ても成宮くんの方が人気者でしょ?」
「いや、元々俺がナンバーワンだけど」
「あーうん、そうね」

成宮くんは、私の方が人気だなんだと言って、私にちょっかいをかけてくれていたはずだ。ならもう満足なのではないのだろうか。そんな私の考えが伝わったのか、成宮くんが唇を尖らせて、言葉を考えて返事をしてくれる。

「……糸ヶ丘の言いたいことも分かるよ?でもまだ、俺のこと本気でかっこいいって思ってくれちゃいない人もいるんだよねー」
「えーそうかな、こっちの後輩もみんな騒いでいたよ」
「ううん、まだ。まだもうちょっと」

噛みしめるように、そう繰り返す成宮くん。誰か、当てでもあるのだろうか。



(じゃあ目標達成したら教えてよ)
(……先は長そうだけどねー)

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