小説 | ナノ


▼ 027

「糸ヶ丘ー……いない?」
「糸ヶ丘ならこっち」
「カルロ!なんでそんなとこにいんの?」
「席替え、俺の隣で死んでいるのが糸ヶ丘」

両手で顔を覆いながら、そんな会話を耳だけで聞く。先ほどのSHR前半で席替えをして、私は無事に窓際一番後ろというありがたい席をゲットした。神谷くんとはまた隣だ。前の席が埋まっていたので、成宮くんがさも当然のように神谷くんの机に座ったのがちょとだけ見えた。

「で、糸ヶ丘はなんで死んでいるの」
「……さっき球技大会の種目決めしていたの」
「へー、俺サッカーだよ。カルロは?」
「俺もサッカー。野球部サッカーだらけだよな」
「サッカーいいな……」
「糸ヶ丘は何出る?」
「……ソフトボール」

自分でもびっくりするくらいひ弱な声が出た。しかし、成宮くんは「へー」というだけで大した感情もなさそうだ。

「稲実ソフト部人数少ないから、未経験者多いよねー」
「そうなの」
「糸ヶ丘のクラスって何人いるっけ」
「ひとりだけ」
「ひとりだけかー、じゃあそいつがキャッチャー?」
「……そうなの」
「……あ、もしかして」
「やだむりほんとうやりたくない。ぜったいできない」

顔を隠し、弱音を吐き続ける私。呆れたようにため息をつく神谷くん。成宮くんの表情は、見えない。

「なんで糸ヶ丘がピッチャー?」
「体育でまともにストライク入ったのがソフト部と糸ヶ丘だけだったらしい」
「じゃあ仕方ないよね」
「……それは分かっているんだよ、分かっているからOKしたんだよ」

コントロール云々だけではない。単純にみんな怖いからピッチャーをやりたくないんだ。私だってそうだ。でも今回は陸上もないし、他の競技は経験者が上手い具合にいて埋まっていった。ソフト部に集められたのは、未経験者と文化部のみ。仕方がないのは重々承知である。

「いいじゃんピッチャー、一番かっこいいポジションじゃん」
「それは成宮くんがかっこいいだけで、私がやってもかっこよくないの」
「そそ、それは、さっ!そうだけどっ!」
「どもりすぎだろ」
「はーどうしよ。どうしようもないけど」
「別に負けてもいいし、気軽にやればいいって」

神谷くんが慰めてくれる。他のソフト参加のメンバーも同じような雰囲気だ。楽しめたらオッケー。私もそうだ。そうだけど、やっぱりプレッシャーはある。

「糸ヶ丘ってソフトやったことあるっけ」
「体育でしかない」
「それでストライク入るってすごくない?」

成宮くんがかけてくれた声に反応して、顔をあげる。バカにするとかそういう表情はなく、素直に褒めてくれている様子だ。

「いやでも、球すごく山なりだし」
「初心者が下から投げればそうなるって。普通はまっすぐ投げれないし」
「そう、かな」
「そういうもんなの、だからストライク入れば充分すごいって」

ピッチャーである成宮くんにそう言ってもらえると、なんだかすごく背中を押された気持ちになってきた。そうか、ストライク入ればそれでいいのか。

「なんか、気が楽になった、かも」
「かもじゃなくて、気軽にやりなって」
「うん、成宮くんに褒められると勇気出る」
「別に褒めてないし!」
「でもいいの、成宮くんのお墨付きもらえたら」

よし、なんだかできる気がしてきた。真ん中に投げるだけならできる気がする。ちょうど体育の授業がまだソフトの期間でよかった。もうちょっと練習はしたい。そうと決まれば話は早い。

「成宮くん」
「ん?」
「ありがとね」

席から立ち上がり、一番遠い席となったソフト部の子の元まで向かう。
午後からの体育でちょっと早めに行って練習したいって、ソフト部の子に頼んでこよう。成宮くんみたいにはいかないだろうけど、精一杯頑張ろう。



(カルロ……)
(どした)
(なんか今の俺、いい男じゃなかった……?)
(めずらしくな)
(いやいつも男なんだけどさ?)
(めずらしくっつってんだろ)

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