×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



「ハア〜………」

 深いため息を聞いて、平子は目をジロリと横へと動かす。

「喜助、どしたん。死ぬほど深いため息ついて」
「平子サァン…」

 いろいろあって、人に嫌われたかもしれなくて。そう言って俯くあたり重症である。おかしい、先日もこんなような奴の面倒を見た気がする。よりにもよって兄妹両方のこんな状態に遭遇するなんて、俺は何させられとるんや…と思いつつ、話を聞いてしまうのは平子のお人よしな部分の発露である。

「お前プライベートにおいてはそういうの気にするタイプや無かったやろ。殊更女に関しては」
「…何で何もかも知ってるんですか?」
「過去については有名なん自覚アリやろ。あとは、最近お前の妹がへこたれてるところに遭遇したからなァ」
「全く、喜多チャンって子は」
「いや、お前のせいやぞ…」

 確かに平子へ情報を漏らしたのは喜多だが、デートの相手が杜屋なのだから、目撃者によって今日すでに噂話として相当広まっている。女も男も、当事者へ興味を持っているならその話には食いつくだろう。そう考えながら、平子は脳裏に浮かんだ深紫の瞳をかき消す。…おそらく、そこらは喜多や卯ノ花サンが何とかするのだろう。平子にできることはせいぜい、その噂をばら撒かないことくらいである。

 兄の方の悩みはどうやら口に出せないらしく、いつまで待っても切り出される様子はない。喜助が相談したくないのか、内容が杜屋のために話せないのか――――どちらかの判断はつかないが、言われないならそれまでである。そう考えて視線をそらした時、上質な晴れ着を纏い、化粧をした女性が付き人と共に歩いていく姿を目撃した。

 周囲がざわめき始める。皆、色素の薄い髪の女性にくぎ付けだ。

『おいあれ、どこのご令嬢だ?』
『縁談っぽいな』
『まさか十三番隊か?ここから一番近いよな』
『誰とだ?!』

 ここは瀞霊廷でも死神が闊歩する区域だが、そんな中を突っ切ってどこへ行くというのか――――ぼんやりと眺めていると、その令嬢が知人であることに気付く。

「………あれ、喜多やないか」

 お、目敏いですねェ。いつの間にか顔を上げて通常営業に戻っていた喜助が続ける。

「あれは姫君モードの喜多チャンっスよ。あの感じだと月下氷人に引きずられて来たんでしょう」
「ホォ…って、仲人?!」

 待て喜助オイ、と平子が喜助の方を向いたとき、喜助が人差し指を立てて方向を示したので、またグリンと首を回転させた。

 視線の先、喜多が立ち止まったのは隊舎前の門。周囲がより一層ざわめく。

『やっぱり十三番隊に入っていったぞ?!』
『縁談だな?!相手は?!』
『こんなところでわざわざってことは流魂街出身者だろう』

 彼女がしずしずと隊舎へ入っていくのをぼんやり眺めて、ふと我に返った平子の顔は喜助の方を向き直す。

「お前相手知らんのか?」
「イーエ、聞いてないですし。本人も今朝知ったんじゃないですかね」

 ジロ、と喜助の目が動く。

「――――喜多チャン、結婚しちゃうかもっスよ?」

 周囲が騒がしい中、平子は一人沈黙した。




 時も場所も変わって四番隊の診療所の一室。

「こんにちはぁ、浦原先生」
「こんにちは。体調はいかがですか?」

 喜多は今日も今日とて働いている。前日に縁談で着飾らされて親に引きずり回されようとも、たとえそれが騙し討ちのような経緯ですることになったものであって気分が悪くなったとしても、仕事は待ってくれない。

 よりにもよって当番の診察だったが、飼い慣らしたネコを装備して乗り越え、なんとか午前中を終えた。引き継ぎを済ませて飼っているネコが逃げ出す前に、私は休憩をとって四番隊舎を逃げ出した。いつもの定食屋のおじさまは、私の機嫌を察したのか果物をおまけしてくれた。申し訳ない…だが、気分は少し上昇した。

 昼食を終えて残りの休憩時間という暇をもて余していると、私を呼ぶ声がした――――この声、間違いない!

「夜一さーん!!!」

 先程の気分低空飛行など忘れ、飼い犬の如くすっ飛んでいけば、やはり夜一さんだった。隣には死覇装ではなく普通の服を着た貴族のお坊っちゃん。

「あ、白哉くんじゃん。久しぶり」
「久しいな、喜多」
「今日も髪紐盗られたんだ」
「それは言うな!」

 突き出された拳を身体の柔軟を存分に発揮して回避すれば、煽っているのかとぶちギレられた。スタコラと瞬歩で逃げる。煽っているわけではないけど、夜一さんがこれを楽しいと言う理由がちょっと分かってしまう。

「うーん遅いなァ」
「チッ…!」
「あらよっと」

 彼がこちらに伸ばした腕の下を潜って背後に回る。そのまま夜一さんの背後に隠れれば、白哉くんがぐぎぎ…とこちらを威嚇する。

「喜多は相変わらず鬼事が上手いのう」
「取り柄これだけですからね」
「そう言うな。回道の腕前は二番隊にまで届いておる。流石じゃの、喜多」
「うへへ…ありがとうございます」

 夜一さんが褒めてくれる。ついでに頭を撫でてもらって私は気分最高である。ああ、こういう時って本気で隠密機動に入れなかったことを悔やんで悔やみまくってしまう。兄とは同じ両親の血を分けたはずなのに何故か私はポンコツだ。

「そう言えば喜多。お主、縁談はどうじゃった」
「あー…ハイ。会うには会いましたが、お断りしましたよ」

 夜一さんが白哉くんに髪紐を返す。櫛貸そうか?と聞いたら要らないと言われた。お姉さん悲しい。

「…いいのか?結婚しなくて」
「急いでするものでも無理してするものでもないし…白哉くんだって強制されたくないでしょ」
「確かに」
「今回の話は相手が悪すぎる部分はあるな、あらゆる意味で」
「相手が悪すぎる…って」

 白哉くんが同情の目でこちらを見る。

「相手が見た目も中身も優秀すぎて釣り合わなかったんだな…」
「あー、まあ、それもあるよ…うん…」

 言ってて悲しくなってきた。だが、それだけではない。

 夜一さんは事情を全て知っているので、白哉くんに向けて説明する。

「下級貴族の浦原家って代々四楓院家に仕えてるじゃんか」
「そうだな」
「だから縁談は大体四楓院家傘下の貴族としかしない。でも、例外がある」
「流魂街出身?」
「せいかーい。もう一つはどうあがいても断れない偉い貴族ね」

 頭上で腕を曲げて丸を作ってみせた私のお腹に夜一さんの腕が回され、顔が近づく。髪がくすぐったい。あとなんかいい匂いする。

「一応お会いしたんだけど、私乗り気じゃないし、相手もそんな感じだったから今回は解散。あ、人自体はとてもいい人だったよ」
「そうなのか」
「白哉くんも将来会うかもね」

 夜一さんが私を愛玩動物のように撫でまわす。ちょっとやめてほしいけど夜一さんに可愛がってもらえる至福の時間でもあるのでジレンマだ。くくっ、と笑った夜一さんが今日も美人。

「その男、名を志波海燕という」
「………旧五大貴族じゃねえか!!!」
「ね、釣り合わないでしょー?」

 私ののほほんとした発言に、白哉くんの「当たり前だ!お前じゃあアホすぎる!」という容赦ない言葉が食い込んだ。夜一さんが爆笑した。

 夜一さんの笑いをとれるなら、たまにはこんなことがあってもいい。…縁談はもう御免だが。




 休憩時間の終わりが来たので二人と別れ、隊舎に戻って職務を再開する。とは言っても午後の予約診療は別の人が担当で、特に混雑もない平和な一日となりそうな今日、私の仕事は書類仕事以外もうすることが無さそうだ。

 筆に墨汁を浸し、先を整えてから字を書き連ねていくが、雑念が多すぎて筆を置く。

――――なーんだかなぁ…。

 目を閉じる。さらりと長い金髪が揺れた。

 目を開ける。色素の薄い髪と、職場の天井が見えた。

 昨日の縁談前、街を歩いているときの一瞬。前髪まで上げられてしまっていつもより広い視界の端、さらりと揺れる長い金髪を捉えた時の私は、一体何を思ったのだろう。隣にお兄ちゃんがいたから気づいたわけではない。私は間違いなく、あの人を群衆からぴたりと見つけていた。

『………』

 何故、私は。意味などないのだろうか。それにしては強すぎる焦燥感が、理由を見つけろと追い立てる。

「………はぁ」

 考えても分からない何かに対して名前を付けることはできない。

 姿勢を正し、髪を結び直して思考を切り替える。早いところ仕事を仕上げて、定時で退勤してしまいたかった。








これでも下級貴族のご令嬢