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 麗しの杜屋サンと食事をしている事実に緊張したり、めったに見ないどころか全く見なかった笑顔(注:口元が僅かに緩んだだけのものである、それが笑顔なのかは『薄紅葵』のみぞ知る)に心拍数が跳ね上がったり、なかなか忙しい昼食を終え、店を出て歩き始めた。

 なお、お代は勿論ボク。支払い直前まで杜屋サンは財布を握りしめ、実際お金を出してきたが、会計を受け付けた大将がサラリとそれを返却したことによってボクの奢りは成功。「たまには他人に甘えとけばいいんだ。どうせこの兄ちゃん稼ぎはいいんだろう?」そう言った大将の協力に感謝した。そう、ボク隊長職っスもん。お礼と共に頭を下げられた時にはちょっと、いやかなり嬉しかった。

 先ほどの一瞬以来、笑顔を浮かべることは無かったが、彼女は満足そうな雰囲気で隣を歩いている。女性にしては速い歩きだが、やはり服装と歩幅の差でこちらに軍配が上がるので出来るだけ彼女に合わせる。

「………」
「何ですか?」
「いや、何でもないっス」

 何というか、よく見なくても上品が服着て歩いているような所作である。ウチの喜多チャンも一応下級貴族の姫なので整った動作をするが、彼女はそれ以上のものを持っているような気がする。そう言えば、上級貴族に杜屋という家系があったような?

 そんなことを考えていると、沈黙を保っていた彼女が口を開く。

「先日は、ありがとうございました」
「何の話っスか?」
「西流魂街での戦闘、いち早く喜多を送り込んだのはあなたでしょう」

 何故ばれているんだ?と首をかしげると、彼女はこちらをジトリ、と睨みつけるように告げる。

「お兄ちゃん特製霊圧回復ドリンク」
「あちゃー…」

 喜多チャン、お兄ちゃんが怒られたらどうするんデスカ?――――あの子のことだ、そんなことはすっかり忘れての発言だろう。

「内緒でお願いします。勝手にやったことなんで」

 そうお願いすると、突如彼女の雰囲気がガラリと変わる。

「…喜多には無理をさせるのに?」
「イヤ…使った装備が霊圧めっちゃ食うんスよ。だから僕が輸送して、喜多チャンを戦闘に出しました」
「霊圧の量はさほど大差ない上、あなたの方が強かったはずです。なのに、あなたは自分より弱い人を前面に出した」

 いや、でも喜多チャンの方が適性が高かったと言いますか…そう言って笑うと、杜屋サンが形のいい眉を僅かに寄せる。もしかしなくても、怒らせている…?

「そう言って、自分の興味から外れるものは他人に押し付けられるのに、どうして仕事は回せないのか不思議です」

 そう告げた声は表情以上に冷たく、切れ味抜群だった。だが、こちらだって考え無しに妹を送ったわけではないし、誤解してないだろうか。

「待ってくださいよ。だったら杜屋サン、ボクのこと何だと思ってるんですか」
「『臆病で諦めの悪い強欲な男』だと思っています」
「!」

 驚愕の言葉だった。頭を殴られたような衝撃が思考に襲い掛かる。

 誤解なんてものではない。彼女はボクの奥底まで見透かして、下手したらひよ里サン以上にボクを理解した上で発言している?――――いや、何も分かっていなくたっていい。何より正確な言葉、それに対して心が躍る。

「杜屋サン、」
「失礼なことを言いました。すみません。今日はもう帰ります」

 彼女が不意に立ち止まる。慌てて立ち止まって振り返って、彼女の背を追う。

「待って、」

 踵を返した彼女の肩を咄嗟に掴み、

「!」

自分の失敗を悟った。跳ねるようにこちらを見た彼女の顔――――瞳が闇を湛え、血の気を失った顔は恐怖に固定されている。身体が強張って震え、着物越しとはいえ体温が感じられない。肩を掴んでいた手を離した。

「――――」

 今度は追わなかった。否、追えなかった。

「こういうの、どっちかっていうと喜多チャンの担当だと思うんスよ…」

 こちらが立ち入れば、あちらはすべてを焼き払って壊してしまうような心理状況。そこだけ何とか理解できた喜助は、一人頭を抱えた。




 平子が退勤して五番隊舎を出ると、喜多が一人ぼんやりと四番隊舎の屋根で膝を抱えて空を眺めている姿を発見した。いつになく不審な行動をしているが、一体何があったのか。

「どないしてん、一人で」
「…シンジさん」

 背後からする気配に振り返ることなくそのままでいるあたり、重症だ。しゃあない、と隣に座る。彼女がこんな状態なら直ぐにでもすっ飛んできそうな四番隊三席は、今になってもやってこない。

「杜屋は?」
「………今日はデートです」
「それで不貞腐れとんか」

 ふてくさ…そうかもしれない。そんなあ。そんなわけないって思いたいよォ。

 独り言を漏らしながら苦しむ彼女の背中をトントン叩いてやれば、独り言ではない言葉がいつもより低いトーンで発せられる。

「…喜ばしいことなんです。杜屋ちゃんは、昔色々あったらしくて、下心ある男に誘われてプライベートで二人きりになること全く無かったんです。だから、今日は私、祝杯を挙げてるんです」

 ほら、と膝から手を離し、傍らに置いていた空っぽの大きい湯飲みを見せてくる。「何やったん中身」「ミルクセーキ」「甘っ」酒飲めへんとはいえ太るでホンマ。そう言えばプンスカと怒り始めるが、それもすぐ鎮火した。

「でも…杜屋ちゃんの横にずっといたのは私なのに、これからはだんだん私よりその誰かと一緒に過ごすようになるんだろうな〜みたいな、そういうこと思ってしまって。みっともないですよね」

 あ〜嫌だ〜執着心が怖い〜、そう言いながら涙をぬぐい始めた。ホンマもんの重症、いつにない喜多の姿にちょっと焦る。どないしたらいいんこれ?

 内心慌てふためている間に彼女が何とか落ち着いて、ふうと息を吐いたとき、漸く言葉を準備できたので口を開く。

「杜屋、大事な友達なんねんな」
「…はい。私にとっては、霊術院でも、今でも、一番の友達です」

 なるほどなァ。そう言って、ニッと笑う。

「心配せんでええ。杜屋は男ができたからって友人を蔑ろにするような奴やないやろ。むしろフツーに絡んでくる思うで。だって、友人に祝杯挙げられるような状態なんやろ?そうやって心配してくれる奴っちゅうのは貴重やし、お前も杜屋が誰かと一緒になったからって蹴り出したりせんやろ」
「あったりまえじゃないですか」
「ならええわ。今まで通り、アイツのこと見てやればええねん。それに、今頃キレて相手殴っとるかもしれんしな」

 今この瞬間においては逃げ出してきてないだけ、ええやん?そう言うてやれば、喜多は目元を軽く擦ってから、そうですね、と笑った。ヨシ、いつも通りやな。

「…なあ、ちなみに、相手誰や?」

 前言撤回。表情が死んだ。

「喜多サーン?」

 俯いて動かなくなってしもた…どんだけイヤな奴やねん…。しばらく無言の時を過ごしてから、ようやく口を開いた喜多はなかなかの低空飛行。

「………………お兄ちゃんです……」

 同情した。

「まあ、お兄ちゃんなので杜屋ちゃんが油断しただけってのはあるかもしれないですけどね!下心があるって気付かれてぶん殴られて、今頃家で泣いてるかもしれないし!夕飯なんて作ってやるもんか!罰として一人で泣いてろ!」
「あー…あー………晩飯食う?奢ったる」
「奢りはいいです。でも、そうですね。馬刺が食べたいです」
「バサシ」
「馬の生肉です。美味しいですよ?」
「オマエどこでそれ知ったん…」
「現世です」
「よう見つけてきたわホンマ」

 喜多の顔が上がる。――――不覚だった。

「それを見つけて、一緒に食べようと言ってきたのは杜屋ちゃんです。あまりにも美味しくて、定食屋のおじさんに採用の提案をしようと言ったら一緒にやってくれたのも、杜屋ちゃん」

 そう言って浮かべた表情は、今まで見た彼女のどの笑顔とも違う、緩むような美しい笑顔。ぺっかーという効果音が似合うあの笑顔ではない。思わず心臓が大きな音を立てて脈打つ。…喜多、お前そんな顔できるんか。

「ご案内します!馬刺定食食べに行きましょう!ほら!」

 打って変わってぺっかぺか、いつも通りの笑顔になり、すっくと立ち上がって俺の服を引っ張る。返事をして俺も立ち上がり、隊舎から飛び降りると彼女に裾を掴まれ、引かれるまま歩き出した。

「………ナンギや」
「何か言いました?」
「いーや、何も。ほら連れてけ」
「はい!」

 揺れるハーフアップ、色素の薄い髪を眺めながら、自分の感情を冷静に分析する。

 …そうやな、かわいい子だとは、思っとるで。


________


 定食屋に 来た!

「ヘイラッシャイ!喜多ちゃんじゃねえか」
「大将!馬刺定食二つね!」
「あいよ。今日お兄さん来たけど、そっくりだな!」

 ポキャ…(心の折れる音)

「どうした喜多ちゃん?!」
「重傷なんや、ほっといてやってください…」
「そうかい。今日は喜助君といい金髪のロングヘアの兄ちゃんといい二人ともイケメン連れてやってくるなぁ」

 ズシャ…(膝から崩れ落ちる音)

「もうダメやな」
「なんか悪いことしちまったみてえだ」


 この後おまけのスイーツで持ち直して帰宅した。




今日は思い出の馬刺定食―夕