かくして残った爪痕






「ええ、我々が駆け付けた時には既に伏黒君が対象の樹を駆除していました…老夫婦は現在、糸が切れたように項垂れている様子でこちらに供述する事すらしません…見ていたものが全て幻想だと改めて知らされたら、それはもう堪えられないでしょうから…」
補助監督である男はそう述べ、現場検証をしている呪術師達を見据えていた。
「…その将司君は、確かにあの老夫婦の言う通り建設企業に勤めていました。しかし、その建設企業がとある裏企業と総揉めとなり、見せつけにリンチされて殺害されてコンクリート詰めにされてしまいましたね」
何と言うか、現代社会の闇を見せつけられた感じ。昔ほど治安は未だ安定している。とは誰かが言うが、その息が詰まる様な空気と――知らない方が良いと思えるような感じが身に染みる。
「…伏黒君の言う通り、彼等にとっては耐えられない現実と言うのでしょうね。人間は、心の強さと言うにはあまりにも脆い心を持つ存在があるんです。そう簡単に強くは生きられない。だからこそ、嘘は必要なんだと思うんです。あの老夫婦にとっては――」「き…潔高さん!」
彼がそう呟こうとした瞬間。呪術師の一人が息を切らした様子で駆け付けた。
「…あの老夫婦、殺人容疑が持たれたので警察に引き渡そうと準備をしていたら…持っていた毒入りの茶を飲んで……!」
自分が飲んでいなかった茶を――まさかあの夫婦は…!伏黒は、その場で思考がシャットアウトした。

「――五条先生、幻想って何なんですかね」
「どうしたんだい、伏黒君?そんなに元気無さそうな声をして」
「人間、心は脆く出来ていて、よくフィクションである「幻想の中で生きずに、現実に生きろ」っていうのは、案外現実では上手くいかないんすよね」
「まあ、そうだよね。心が強くなかったら、心が脆過ぎたら、人は生きる事を失う。僕もそうだった。でも、最強の力に頼らずに――君達に辛い試練を与えているけど、君たちはもっと青春を楽しむべきなんだ」
「…そうっすね。でも、その幻想は時によっては放っておくべきかもしれないから、放置した方が良いかもしれない――なんて考えた事もあるけど、他者を巻き込む幻想なんて、ただの呪いだと思う」
「良い事言うね、君は――僕が何かおごってあげるからさ、あそこにあるピースダイナーでも行かない?」
「――相も変わらず、ですね…」

そうして、誰も彼も幻想の中を生きられずに、現実で生きていく。かくいう自分もそういう人間だ。
…その一か月、思いも依らないで出会いが待っている事を、知らずに――俺は苦い青春を送る。




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