契約の紡


本編



四人が姿を消したその場所を、燕たちは、ただただ呆然とした顔で眺めていた。
色々、疑問に思うことはある。
不思議に思うことはある。
導き出せない答えも、たくさん、ある。
けれど、今はそんなことよりも。

「……う、琥白……琥白、琥白……」

片割れを喪い、静かに涙を流す少女の嗚咽だけが、今、この空間には響き渡っていた。
もうすぐ、陽が沈む。
けれど、もう、季風地を脅かし続けていた妖たちの気配は、感じられなかった。


第五十一結 : これから


「朱鷺たちに見回りをさせてみたけれど、あんなに多かった妖たちの気配が、今では全くと言って良い程、感じられないみたい。」

場所は移り変わり、一同は海波の屋敷に集まっていた。
そこには、水流の他にも、四人の村長も集まっている。
妖という驚異は去った。では、これからどうするべきか、どうしていくか、話していく必要があるのだろう。
それに。

「まさか、貴方たち全員が精霊と同化しているなんて、思わなかったわ。」

水流が、一つ、息を吐く。
そう。
桜楽も、愁礼も、宋芭も、黒耀も、この戦いの中で、精霊と同化していたということが発覚した。
それも、黒耀はこの戦いよりも以前に、既に同化をしていて、外見年齢こそ燕と同い年か、それ以下かという幼いものであるけれども、実際の年齢は燕よりも上だというのだから驚くしかない。

「琥白を探したかった。彼を探して、見つけるためには、今のままの姿を維持しなければ、きっと琥白は私がわからないだろうと思った。精霊と同化することが、一番、不老不死を維持するのに適していると思ったんだ。我ながら身勝手な理由であったし、その琥白も、もういなくなってしまったのだから、探す術はないけれども。」

そう言って、黒耀は、泣き腫らした赤い目で、弱々しく笑った。
また彼女の瞳に涙が滲むと、彼女が一つに束ねていた髪が、まるで蛇のように姿を変えて、黒耀の涙をその蛇が拭う。
黒い蛇と化したその髪こそ、彼女が、玄武の精霊と同化した証だった。

「まぁこれで世継ぎ問題はなくなるのだからいいじゃないか。」
「いい訳あるか。精霊と同化するということは、全てが精霊と同じになる。つまり、我らは人と子を成すことも出来ぬのだから、婚姻だって出来ぬのだぞ。」
「何を言うか宋芭。子を産まぬというのも、夫婦の一つの選択だ。」
「そういう問題ではない!夫婦で生きる時間が違うのだから、婚姻などしたら要らぬ悲しみを生むだけだろう!」
「そうか。では、俺と結婚するか?」
「論外だ!」

宋芭が机を勢いよく叩くと、愁礼は楽しそうに声をあげて大笑いした。
どう見ても、全てを真面目に受け止める宋芭をからかっているようにしか見えぬが、このような状況でも豪快に笑い飛ばす愁礼の姿は、やはり安心感がある。
それに、と、愁礼は言葉を付け足した。

「お前も俺も、そして桜楽もそうだ。この戦いにおいて同化をしたが、後悔をしている訳ではないだろう?」
「……それは、そうだが……」
「うむ。妾たちが護りたいと思っていたものは、護れた。同化せずにむざむざ殺されるより、ずっとましというものだ。」
「言っておくけど、私も、後悔していない訳じゃないよ。」

じとりと黒耀が三人を見れば、それもそうだ、と愁礼が笑う。

「こうして、永い生を受ける身となってしまったのも、必然だろう。我々は、此処で起きた全てのことについて、語り継ぐことが出来る。いわば、生き証人だ。それであれば、その痛みを忘れることなく、語り継ぎ、人々に紡いでいき、季風地を支えていくのが我らの役目だ。」
「……愁礼の言う通りだな。幸い、自分と同じ境遇の人間が残り三人もいるんだ。一人、錯乱することもないだろう。」
「人の心を持ったまま、生き永らえる苦しみは、まだ妾たちにはわからぬ。けれども、覚悟がない訳ではないのだ。妾たちは、この地をただ愛し、護るのみよ。」
「琥白みたいな犠牲を作らないために。白鼬という悲しい存在を作らないために。私に出来るのは、それぐらいだと、思うから。」

彼等の瞳には迷いはなく、言葉も、決意も、彼等が纏う輝きも、何もかもが全て眩しくて、真っ直ぐだった。
彼等がこうして笑ってくれる今、季風地の今後は、安心しても良いのだろう。
今までにあった柵も。争いも。惨劇も。それら全てを見つめて来たからこそ、痛みを目の当たりにしたからこそ、作れるものが、きっとあるはずだから。

「……短い間で、随分と、心強くなったわね。少し、寂しいかも。」
「水流……」
「心配しないで。私は精霊と同化することは出来ないけれど、それでも、私も、みんなと一緒にこの季風地を守っていきたいと思うから。」

水流はそう言って、笑う。
彼女の真意はわからないけれど、きっと、彼女なりに、考えがあるのだろう。
燕には水流の真意はわからなかったけれど、それでも、彼女ならば大丈夫だろうと、そう、不思議と直感することが出来た。
ほんの短い期間ではあったけれど。
それでも、彼女の律儀で誠実な一面は、傍で見て来たつもりだったから。

「それで、燕はどうするの?」
「え?」
「あなたが愁いていた季風地の脅威は、去ったわ。これから徐々に、立て直していくと思う。あなたはこれから、どうするの?真っ直ぐ、空然地へ戻るの?」
「……それは。」

季風地は、もう大丈夫。
それは、燕がこの季風地に留まる理由を喪ったということでもあった。
神子である燕が、永遠に季風地に住み続ける訳にはいかない。
徐々に立て直すと言っても、それを手伝うとか、立て直されるまで此処にいるとか、そんなことを言っている訳にもいかないのだ。
あくまで燕は空然地の神子で、全ての地を平等に愛する神子で、世界の象徴で、この季風地だけに、その愛情を注いでいる訳にはいかない身分で。
ならば、ただ、空然地に戻ればいいのだろうか。
けれど、いま空然地に戻ったところで、一族の者達に、次は勝手に屋敷を抜け出さぬよう厳重に軟禁されてしまうのがオチだろう。
燕にとってはそれもどうにかして避けたいことであった。
そして、燕は思い出す。
この世界を創った神、穹集に、自らの意思を持ってはっきりと告げた言葉を。

「……燕?」

氷雨が問いかける。
燕は、今まで迷っていたのが嘘だったかのように、清々しい、晴れやかな笑顔を氷雨へと向けた。
拳をぎゅっと握りしめ、氷雨に向けて、身体を向ける。

「氷雨。私、決めました。」

これからどうして行きたいかを。
これから何をして生きたいかを。

 


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