契約の紡


本編



ぽたぽたぽた、と、朱い、朱い血が、地面を濡らす。
己の胸から溢れるそれを見て、嗚呼、なんて綺麗な朱なのだろうと、白鼬は漠然と思考する。
この胸を貫く薙刀を握る少女は、瞳から、ぼろぼろと涙を溢れさせていた。

「私は、君を、許さない。」

嗚咽混じりのその声で、振り絞るように少女は呟く。
ずりゅ、と音を立てて薙刀が引き抜かれると、胸からどくどくと血が溢れて、温かくて、その温もりに確かな高揚を覚えていた。
今思い返せば、妖として、生を受け、初めて得たのが、人の生き血の温もりで。
人を殺すようになったのは、その温もりを、また浴びたいと思ったからで。

(僕が求めたのは、果たして、血の赤だったのか。温もりだったのか。)

生まれた時から、何かに飢えていた。
飢えるように、求めるように、刃を振って、血を浴びて。浴びて、浴びて、浴び続けて。
それでも満たされなくて。

(それとも。)

求めているものは、別だったのだろうか。
自分が求めていたものは、血の赤ではない、それ以外の、何かだったのか。
けれど、それを見つけることは、もう、叶わないのだろう。
白鼬は口角を上へ持ち上げて、不敵に、微笑んだ。

「安心しなよ。僕も、君なんて、大嫌いだから。」

それが本心なのかはわからないけれど。
こんなにも胸が痛むのは、きっと、心臓を突き刺されたからだ。


第五十結 : 求めたもの


白鼬が地面に崩れ落ちるように倒れると、彼の身体は淡く白い光に包まれて、その姿を、真っ白な鼬へと変化させた。
よく聞く鼬と比べると、その身体は大きく、柴犬のそれに近い大きさであったけれども、弓良はその鼬の亡骸へと近付くと、それを両腕に抱えた。

「……これは、」
「人がそのまま妖となったのであれば、それは鬼だ。けれど、白鼬は妖だ。琥白は死亡した時点で魂だけの存在となり、器として選ばれたのが、この動物だったのだろう。」

燕にとって、聞き覚えのある声がして振り向く。
真っ黒な髪と、紫色の衣をまとったその青年は、燕が東の村にある山で出会った楠であった。

「……楠、ですか。」
「久しいな燕。どうやら、此処まで、無事に生き延びたみたいだな。」

そう言って、楠は微笑む。
楠の隣には、全身真っ白な青年が立っていて、白鼬の身体を包んだ白い光は、気付けばその青年の手の平に収められていた。
青年が光りを受け止めて、軽く口付けすると、彼の両手にはめられた鎖が、弾けて消える。
一連の光景を呆然としながら眺めていると、青年、玉響は翠色の瞳を伏せながら、口をゆっくり開いた。

「琥白という少年は、元から、強い霊力を持っていました。玄武の村を治める、玄一族の人間だというのであれば、今思えば納得出来ることです。彼は私の手を握ると、私の力を殆ど奪っていきました。肉体を喪い、魂だけが残った彼は肉体を求めたのでしょう。その動物と結びついたのは、同じ、白化個体として、波長が合ったからかもしれないですね。」

白鼬が得た力が、実際に神から奪った力だというのなら、あの神に等しい文字を操る力も納得だろう。
訝し気な瞳で楠たちを見つめる水流に対し、案ずるな、と楠は呟く。

「私は、私たちは、奪われた玉響の力を回収したに過ぎない。それと、もう一つ探し物をしていてね、その探し物を見つけたから、迎えに来たまでだ。」
「探し物……?」
「アレだよ。」

楠がそう言って指で示したのは、白鼬の亡骸を抱きかかえる狐火弓良だった。
燕たちが驚きの表情を浮かべていると、楠は、弓良の元へと歩いていき、その後ろを、慌てるように玉響が追いかける。

「……満足か?」

弓良が、ぽつりと呟く。
潰さないように優しく、けれど力強く亡骸を抱きしめて、今にも泣きそうな顔をして、怒りを込めて、呟いたのだ。

「コイツのやったことは、確かにお前らにとって許されないことだろう。けれど、お前らはコイツに、琥白に、何をした?普通の人間とは異なるからと迫害し、虐げ、挙句殺したじゃないか。お前ら人間は身勝手だ。自分たちは他者を虐げ、生き物を殺して喰らう癖に、俺達が同じように人を殺めれば、許せないと、自分たちが正当であるかのように刃を振るう。汚いよお前たちは。」

そう言って、白鼬の亡骸を抱きしめる。
既に温もりが喪われたそれが、これ以上温もりを喪わぬように、温めるように、抱きしめていて。
その姿が、たまらなく、痛々しかった。

「そうだね。人は身勝手だ。とても身勝手で、しかし、この世界を回しているのもまた、人だ。」

そう言って、誰かが、弓良の頭を、優しく撫でる。
何時の間に、いたのだろうか。
弓良の隣に、一人の男が立っていた。
天に広がる空の如く、透き通った真っ青な髪と瞳。そして、白い衣。背格好こそ青年のそれではあるけれども、中性的なその顔は、燕と何処か似ているようにも見える。

「迎えに来たよ、弓良。」

男は慈しむように優しく微笑んで、弓良のことを撫でている。
弓良も、そして周りにいる人々も皆、一様にぽかんとした表情でその男のことを見つめているが、燕は不思議と、その男が誰なのか、わかってしまった。

「……穹集。」

燕が呟くと、男は、穹集は、にこりと優しく微笑んだ。

「やぁ、この世界の神子。我が分身。人の世を初めて見た感想はどうだい?この世界はやはり、愚かかい?」

穹集はそう言って、また、笑う。
感想を。そう言われて、燕は少々困惑した。けれど、なんとなく、愚かだと、そう答えようものであれば、この世界は一瞬で消し飛んでしまうのではないかと、そう、不安に思ったのだ。
迷った末に、燕は口にする。

「確かに、彼の狐が言うように、人間は狡いかもしれません。身勝手かもしれません。けれど、私は初めてこの世界を見て、高揚しました。わくわくしました。世界にはいろんなものがあって、そして、広くて。だから、私はまだ、世界を見たい。その答えは、それから、堂々と胸を張って出したいです。」

そう言うと、穹集は、そっか、と、小さく呟いた。

「弓良は、私の使役する神使だったのだが、誤って一人地上に降りて迷子になってしまってね。しかもこの通り、記憶がない。君たちにも迷惑をかけてしまったみたいで、すまないね。」

行くよ、と穹集が促せば、弓良は少し戸惑った顔をしながらも、小さく頷いて、穹集の隣へと立つ。
すると穹集は、あ、そうそう、と何かを言い忘れていたかのように呟いた。

「世界をもっと見たい。君のその言葉、とてもいいね。流石は私の分身。とても好奇心にあふれているよ。だから、そうだな、この世界に答えを求めるのは、もう少し先でもいいのかもしれないね。君が生きて、見て、それが代々、子孫に伝わって……うん、その頃に聞いてもいいのかもしれない。」

そう言って、一人呟いて、うんうんと、何度も頷く。

「では、私たちは帰るとしよう。楠、玉響、お前たちもだ。」
「わかっているよ。」

穹集の促しに、楠も、そして玉響も頷く。
楠はちらりと最後に、燕へ向かって、振り向いた。

「燕。もっと世界を見て欲しい。それが、私の願いだ。」

その言葉を最後に、気付けば、四人の姿は、燕たちの前から消えていた。

 


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -