#13「友と非常階段」

「大丈夫か?」

栞は、ハッとして辺りを見渡した。

今自分が居る場所は、使い慣れた靴箱の前。
真田に連れて行かれるがままに歩いたせいで記憶が曖昧だ。

「・・・助かりました。だけど先輩」
「どうした?」
「練習に行きづらくしてしまって、ごめんなさい」

顔を見上げながら、小さな声で謝った。
疲弊しているのにも関わらず、他人の心配をする栞を真田は今にも抱きしめそうになる。
まだ人の視線を感じる校舎内。気持ちを抑え「大丈夫だ。気をつけて」と、今日はその場で栞を見送る事しかできなかった。

本当に大丈夫なのか。

栞は一度も振り返らず、ざあざあと降る雨の中へ消えていった。



* * *



翌朝には幸村と真田、そして栞の事で学校はざわついていた。
朝の登校ラッシュ。栞は常に視線を感じ、指されているような感じもしていた。


「幸村くんの次は真田くん?ふざけてるよね」
「中山さんってそういう人?幼馴染で家が近いだけっていうだけで、幸村くんと親しげでさ」
「幸村くん可哀想」
「幸村くんがフリーなら狙っちゃおうかな
「二股ってマジ?」
「中山より可愛い人、他にもいるでしょ」


一方的な栞への陰口は、聞きたくなくとも耳に入る距離にあった。廊下を歩く時も、教室内でもヒソヒソと聞こえてくる。授業中に静かに各席を回るメモ紙は、栞の席を避けてほとんどの席を回った。
仲の良い友人達は、周りの話しを鵜呑みにはしないでいてくれたが、栞とは少し一緒に居ずらそうにして距離を置いた。


 ー大丈夫か?
  昼休みにでも会うか?


昼休みを前に、心配している真田から連絡が入っていた。
朝から携帯に連絡が入ってこないか何度も気にしていた為に、少し口元が緩む。だけど、今この状況で会って誰かに見られれば、真田にも迷惑がかかるかもしれない。
もっとも部活にも支障が出る可能性もある。

何度か「会いたいです」と打っては消し、再び同じ言葉を打つ。
暫く迷った末に再び消して、栞は「大丈夫」とだけ打って送信をした。



「栞、行こうぜ」
「赤也・・・私に話しかけない方がいいよ」
「はぁ?んな事関係ねーよ」


昼休みの中頃。そう言って教室を出て行く切原の跡を追いかけた。少し距離を空けて、また新たな陰口を言われないように他の生徒達の間を抜けて行く。
栞がついて来ているか、時々後ろを振り向いては切原は歩いた。誰も通らない薄暗い道を通ったりして、非常階段の角に2人で座った。


「周りの奴らを気にするなって言いたいけど、マジで状況が良くわかんねー」
「うん・・・」
「部長と付き合ってるんだろ?なのに栞は最近避けてるし、昨日に限っては凄く怯えた顔をしてさ。副部長は怖い顔してると思ったら、一緒に出て行くし」
「・・・ごめん」


栞は膝を抱え込み、短く溜息をついた。


「部長が嫌いになったのか?」
「なってない」
「じゃあどうしたんだよ」
「別れた」
「・・・は?えぇ!?」

ひっそりとした空間に切原の声が響いて、静かにするよう口の前に人差し指を立てる。開いた口が塞がるまで、少し時間が必要だった。
あれだけ仲の良い2人が別れているなんて、誰も思ってもなく「嘘だろ」と何度も口しては、栞は首を横に振る。


「でも、綺麗に終わったわけじゃない」
「昨日の感じだとそうだよな。・・部長も何か雰囲気が変わった気がする。それで、副部長とは何かあんの?」
「・・・大きな声出さない?赤也煩いから」
「出さない出さない」
「今は、真田先輩と付き合ってる」

案の定、驚いた声が非常階段に響き渡った。少し耳がキーンとする。
再び開いた口が塞がらない切原を見て、思わず栞もそれには笑ってしまう。しかし、また膝を抱え込み顔を伏せた。

「そっかー。なんかショック」
「何で?」
「2人が付き合う前から、側から見てもずっと一緒に居ただろ?それが当たり前だと思ってたし、何と言っても部長は隙を作らせなかったよな」

切原の発言と仁王の発言が重なった。
やっぱり幸村は、栞と他の男を近づけたくはなかったのだ。
何となく顔を上げて、ゆっくりと穏やかに流れていく雲を眺めた。昼食を取った後の切原は、横で大きな欠伸をしている。

「なぁ栞。このままサボろうぜ」

いきなりの提案に、栞は変な声が出る。
栞は今まで生きてきて「サボる」なんて事を、考えた事が一度もなかった。過去に何度か苦手な教科や行事の事で「休みたい」と思ったことはある。
しかし、実際に休んだりした事は一度もなかった。

階段に座ったまま栞は暫く考え込む。
サボる事は良い事ではない。が、教室に戻りたいかと聞かれれば、素直に頷きもしない。

「偶には良いじゃん。これ、丸井先輩から貰った新作」

返答に困っている栞を半ば強引にそうさせようと、ポケットからお菓子を出した。少し雑に箱を開けて、袋を開ける。
いつもなら直ぐに口に入れる切原だったが、今回は先に栞にそのお菓子を差し出す。朝からずっと晴れない顔をしている栞を、気遣っていたのだ。
栞は親指と人差し指でお菓子を摘み、そっと口に入れる。

「あ、美味しい」

次の授業開始を知らせるチャイムが学校中に響く。2人はお菓子を食べながら、くだらない話をした。
少しだけ気持ちに余裕が出てきた栞は、気になっていた事を切原に聞いた。

「私が昨日帰った後、どんな雰囲気だった・・・?部活とか」
「凄かった」

どのように凄かったのか、その一言だけでは全く分からない。切原の顔から何かを読み取ろうと、チラリと顔を見ると眉間に皺を寄せた。
昨日の出来事からは到底良いことではない事は想像がつくが、栞はその言葉の先が気になった。

「何事も無かったように部活が始まって、何事も無かったように終わったんだよ。部活中も2人でも話してたみたいだしよ・・・気にしてるのは周りだけっていう、妙な雰囲気だった」
「2人で話してたんだ・・・」
「まぁ、練習のこととかだとしょうがねーよ。それにしてもって感じだけど。俺だったら絶対顔に出るし、無理無理。凄過ぎ」

あの2人らしい態度だとは思った。
部長、副部長が部に及ぼす影響は凄まじいはず。その影響を最小限に抑える為にも、いつも通りに過ごすという答えに辿り着いたのは容易かった。

「赤也、ありがとう。少しは気が楽になったよ」
「結局午後は全部サボっちまったけどな。そろそろ戻らねーと、部活に遅れる」
「多分一緒に戻らない方が良いと思うから、先に行って良いよ」
「1人で大丈夫なのかよ」
「うん。もう少し人が減ってから戻るから大丈夫」

笑いながらそう答えた。しかしその笑顔は少し無理があった。
本当に大丈夫かと疑ったが切原は「何かあったら連絡しろよー」と残し、先にその場から去っていった。
1人になったこの場所は、風の音だけで静かだ。

非常階段からは下校する生徒達の姿が見える。
遠くからは部活が始まりそうな音や声が聞こえる。
教室に残って語り出す女子達も見える。

何処か遠くに感じる日常生活を眺めながら、太陽が夕日へと変わりゆく姿を待った。



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