言霊

「越前、掃除終わりだってよー」

月に1回ほど回ってくる掃除当番がようやく終わった。
面倒な放課後掃除も、クラスメイトと共に談笑してやれば思ったより悪くない。掃除用具を片付けて、部活へ足を運ぶ越前は、校舎内をゆっくり歩いた。すっかり人気はなかった。
時々見える教室内の時計を見ると、部員は準備を済ませ、コートに集まっている時間に気がつく。少し急ぎ気味に人気のない部室の扉に手をかけた。

「リョ、リョーマ。・・遅刻だよ」
「掃除当番っす」

意気揚々と扉を開くと、マネージャーである栞が居た。少し驚いた様子で、いつも通り遅刻の理由を疑う。そして、棚の上の物を下ろし始めた。今日は定期的に棚の上の掃除をする日らしい。
越前はテニスバッグを置くと、準備をする振りをして横目で栞を見た。棚の上の荷物を取ろうと背伸びをしている。チラチラとジャージの裾から脇腹が見えていた。少し陽に焼けた肌とは違う、白く、薄らと血管が見える柔らかそうな肌に釘付けになった。
2人っきりの部室。誘っているのかと思える行動に、越前は栞の背後に移動した。

「え、ちょ!?リョーマ?」
「最近、不二先輩とシタんですか?」

少し意地悪で後ろから抱きしめた上に、直球な質問に動揺が隠せない様子だった。暫くそのまま黙り続ける栞。そっと離れてみると、肩の力が抜けていく様子が分かる。更によく見ると肩が小刻みに震えいた。
少し前までは、こんな事をすると直ぐに否定的な答えを出していたが、今日は何か違う気がする。黙り続ける栞に対して、更に意地悪をしてみた。
越前は薄ら下着のラインが見えると位置を確認するように、背中を何度も人差し指を往復させ、質問を繰り返す。
暫くしても答えが返ってこない。越前の往復する指は止まらない。時々下着と背中の間に指を入れて、パチンと弾く音をさせた。

「ねぇ?シタかどうか聞いてるんすけど」
「ま・・またその質問?ふざけないで」

栞が少し強めの口調になったところで振り向かせると、顔を思いっきり近づけ手首をロッカーに押し付ける。ガンッと後頭部をぶつけた音が部室に響いた。
少し動けばお互いの鼻と鼻が触れそうな距離に、栞の顔は徐々に赤くなる。



「先輩、好き」



栞は半年ほど前から不二と付き合っていた。
2人が付き合う前から越前は何度も栞へ告白をしてきたが、答えは変わらなかった。
あまりのしつこさに栞は不二に相談し、呼び出される事もあったが全く動じることもない。越前は、ずっと伝えれば何か変わるんじゃないか。もしかしたら自分の事を気にしてくれるかもしれない、と言霊のように続けた。

「いつになったら、不二先輩とは別れてくれるんすか?」
「別れない。何回も何回も同じ事言わせないでよ!!!」
「何で泣いてんの」

人が怒りながら泣く姿を初めて見た。その怒りの矛先は確実に越前に向けられたモノ。長きに渡るストレスに耐えきれなくなったのか、怖いのか。分からなかった。
しかし、どんな形であれ栞の心中に刻まれた証であり、試合に勝った時とは全く違う喜びを感じる。

「もう離して。また周助に相談するよ」
「すれば?」

ロッカーに手首を押し付けたまま唇を重ねると、栞は抵抗するように目をギュッと瞑った。生温いが、力が入った唇だった。
頑なに唇を閉ざす栞に気付くと、手首から手を離し鼻をつまんだ。段々苦しそうな表情に変わり、眉間に皺が寄っていく。
意思とは反して、身体が酸素を求め口がパッと開くと、噛み付くように再び唇を合わせ、勢いで舌を絡ませる。

「っあ・・・待っ、て」

初めて聞く栞の甘い声に全身に鳥肌が立ち、今まで経験した事のない、何か熱いものが込み上げてくる感覚がした。
唇から首筋へ移動し、服を捲られ下着の上から胸を触れる。想像よりずっと柔らかかった。
外からは微かにラリーする音や走る音が聞こえる。

「リョ、マ・・ぁ・・あぁ」
「誰か来ちゃうかも。鍵も閉めてないし」

目線を扉に移して確認すると、栞は怯えた表情へ変わった。確かに扉には鍵が掛けられていない。
基本的に練習中の部室に足を踏み入れる者は居ないが、いつ誰が扉を開くか分からなかった。
互いに外が気になる一方で、快感や欲望を求める行動は止まらない。栞は抵抗しつつも、親指と人差し指で胸の突起物を摘まれると、声を押し殺して耐えた。しかし、耐える時間も無限ではない。
越前は栞の膝が次第に震え、顔を真っ赤にして我慢している事に気がつくと、腕を引っ張り、外からは死角になるベンチに押し倒す。
誰がいつ来るのか分からない状況に少し焦り、栞のズボンとショーツを荒く剥ぎ取ると、湧き出る水音がする部分へ指を埋める。

「準備万端じゃん?」
「っあ・・ぁぁああ。っ・・・いっ」
「ねぇ、栞先輩」

最初は栞の良いところが見つけられなかった。
思いきって指を増やすと快感の波が押し寄せられるのか、早く動かす度に度に腰が動く。

「指増やした方が感じるんすね」
「そ、そこは・・ぁあ、待っ・・・ぁ!」

徐々に身体は快感を求めていくが、まだ栞は抵抗している。残念ながらそんな抵抗も、本能には負けたのか次第に顔が歪み、身体に力が入ると自分の腕で声を押し殺しながら絶えた。
恥ずかしさから両手で顔を隠すが、間からツーっと涙が流れ落ちる。栞は乱れた呼吸を整え始め、その場から逃げようと身体を起こすが、そうはさせてもらえない。
少し汗ばんだ身体が密着し、いつの間にか露わになった越前の自身。
少しぎこちなく避妊具を付けたモノを当てがうと、再び栞は腰を逃がすような、少しの抵抗を見せた。

「ほんと、うに・・やめて・・・。それ以上され、ると」
「それって、これ?」

何故泣いているのか理由なんて、今はどうでも良い。
もっと栞に自分を刻み込みたい思いで、腰を沈み込ませ、体内の温度を感じ取る。
律動を繰り返すたびに甘い声を押し殺す栞を見て、ますます興奮した。

「っ・・ん、・・・ぁ」
「ねぇ、そんなに声押し殺さなくても・・良いんすよ。本当にもうすぐ誰か来ちゃうかも」

小さな腰を持ち、さっきとは違う速さで腰を打ち付けると、快感で押し殺せない声が徐々に漏れ出した。外で耳をすませば聞こえてしまいそうな声と、締め切った部室に広がる水の音が、更に2人を焦らす。

「っ・・・。ちょっと、これ口に入れといて・・」

これ以上声を出されると困ると思い、越前は胸ポケットからハンカチを取り出し、栞の口に入れ込んだ。行為自体は否定的だが、押し殺せない声をこれで少しは抑えられると理解すると、素直に受け入れてしまう。
律動を再開させると篭った声になり、ズンズンとスピードを上げていく。時折流れる栞の涙をぺろッと舐めると、瞑っていた目が開き目が合う。暫く見つめ合うと、栞の眉間にシワが寄り、首を横にぶんぶんと振り出した。
打ち付けられる腰を嫌がっていると分かって、止める越前ではない。そのまま続けていると、声にならない声をあげて仰け反り、ビクビクと身体を震わせた。

「またイッちゃった?・・可愛い」

愛おしそうな目で栞を見る。越前も余裕が無くなり自分が良いポイントを見つけると、真っ直ぐにそこに向かった。ベンチはガタガタと音を鳴らし、振動を伝って隣のベンチの上に置いてあったボールの籠が落ちる。
絶頂がすぐそこに見えた時、栞を抱きしめた。

「気持ち良い・・っ、先輩。好き・・・」

耳元でそう囁くと、栞の腕が背中に回る。そこに気持ちが無かったとしても、嬉しさが込み上げ達した。
息を整えながら後処理をし、ベンチの上で横たわる栞の口からハンカチを取ると、唾液で重みを感じた。目は虚ろで遠くを見ている。
越前は栞が起き上がろうとする姿を見て、手を貸そうとしたが、軽く払われてしまう。目も合わせず栞は急いで着替えると、黙って部室を飛び出していった。
扉は半開きになっていた。落ちたボールを拾い集め、いつも通りにジャージに着替えて練習に合流しようとしたが、僅かに香った臭いが気になり、部室の窓を全開にして出た。

「あー!おチビ!遅刻だぞー」
「いけねーな、いけねーよ」
「掃除当番だったんすよ」

そんな事言ってたっけ?と、菊丸と桃城は顔を合わせて、いつも通り絡んでくる。

「でもアップしてから来るなんて、お前も変わったな」
「はぁ・・・?」
「隠す事ねーよ。汗かいたみたいだし、身体も十分に温まってるじゃねーの」

そう桃城に言われてドキッとした。
締め切った部室での行為で汗をかき、体温は上がっていた。お陰で練習前のアップをする必要がなくなり、平然を装って練習に合流する越前。
栞は部室を飛び出した後、体調不良と言って部活を早退したと聞いた。


* * *


あの一件から数日して、ある事を越前は桃城から聞いた。

「え・・・?」
「俺も英二先輩から聞いた話しだから、何とも言えねぇんだけどよ」

その話は、栞と不二が別れたという事だった。
部活中は栞が気にしていたのか、越前を避けるように行動をしていた為、何も知らない。あれだけ自分を拒み、不二を選び続けたのにも関わらず、別れを告げられたのか。なんて可哀想な先輩、と越前は思った。

その日の部活は体力トレーニング中心。
前半は、乾が考えた個人メニューをひたすらこなす時間となった。各々自分がやりやすい場所へ行き取り組む。大半はコート周辺で行うが、集中力を高める為に移動する者も居た。越前もその一人だった。
丁度いい練習スポットまで歩いている途中、久しぶりに栞の姿を見つけた。洗い場でタオルを1枚1枚洗っている。

「別れたんすか?」

怖いモノを見るように、恐る恐る栞は振り返った。近付く越前に動じる事もなく、ジッと見ていた。

「何も言わないって事は、そうなんすね。あんだけ俺を拒んで、不二先輩を選び続けたのに別れ話なんて。先輩、可哀想ですね」

別れ話の事を思い出したのか、目は涙ぐんでいる。越前は栞に自分を刻み込めた優越感で一杯だった。
洗い場の蛇口は出たまま。あまりにも黙って立ち尽くす栞の横に行き、蛇口を捻る。

「ねぇ、また相手してくれんの?」

挑発的な言葉を放つと、栞は水が入っていたバケツを持ち、思いっきり越前にかけた。辺りも越前も水浸しになった。
まさかの出来事に越前は何も言えなかった。栞の目からポロポロと大粒の涙が溢れる。
流石にやり過ぎたと、少々反省をした。

「・・すいませ「っリョーマの、せいだよ」

溢れる涙を拭きながら、小さな声で何度か確かに聞こえた。
もしかしたら、あの日の事を誰かに見られてしまったのか。その事を聞くが、栞は首を横に振る。見られてはないらしい。
それなら何が理由か全く分からない。自分のせいだと言われ、大泣きするほどの理由が一件しかなく、それは違うと言われる。
栞は越前の濡れたジャージの胸ぐらを掴む。怒ってもいる様子だ。

「じゃあ、何があったんすか? 別れ話されたからって、俺は関係あるんすか?」
「別れ話をしたのは、私の方なの」

耳を疑った。
別れ話をする方だったなんて、少しも思わなかった。何故そうなったのか、越前は考える。
自己嫌悪に陥ったとしても、不二に黙っていたら分からないはず。そもそも黙っている事が辛くて別れた?
越前はいくつかの理由を考えたが、それ以上に栞は不二の事を好きだった。

「周助のこと大好きだよ。だけど、いつもいつも私にちょっかい出して、勝手に好きって言ってる奴が居て・・・。
 だから、周助と手を繋ぐときもキスする時もそいつが出てきてさ」

胸ぐらを掴む手が緩み、その場に座り込みながら話す。
この前いつもと違う感じがしたのは、それが原因だった。越前は、ゆっくりと息を吐きながら同じ高さに座り、目線の高さを合わせて栞の手を握った。
抵抗はされない。

「本当に嫌な奴。リョーマは、本当に嫌な奴だ」

濡れたジャージが風に吹かれ、少し寒気がした。
小さな言葉の一つ一つが、やがて大きな塊りになっていくように、裾からポタポタ水が落ちて小さな水溜りを作っていく。

「それでもやっぱり好きです」

栞は優しく、越前手を握り返した。




end.

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