#12「欠片」

後ろから声がして振り向くと逆光で、顔が直ぐに分からなかった。昼間の日差しは強い。
太陽の光を避けるように目を少し閉じ、何となく見覚えのあるシルエットでようやく誰か分かった。

「ぁ・・・」
「幸村の女。こんなところで何をしとるじゃ」
「仁王先輩こそ、なんでこんなところに」
「ここは俺の昼寝場所じゃ。こんなところに人が来るなんて珍しいの」

確かにここは校舎と少し離れたこの場所。誰も来ないし静かで昼寝の穴場だと思うが、まさかテニス部員と会うなんて思ってもいなかった。1人になりたかった栞には不満があったが、他の場所を知らない。
仁王は黙って立つ栞を不思議そうに眺めた。その視線に何と応えたらいいか分からず、栞は仁王に背を向け、黙って弁当箱の包みを解いた。甘い卵焼きに箸をつけ始める。仁王はそれを少し離れた後ろの方から、興味深そうにまだ眺めている。

「何かあった様子じゃな。さっきから携帯が鳴りっぱなしじゃ」
「・・・」
「きっと幸村からやのぉ」

さっきから制服のポケットの中で微かに聞こえる振動音を、黙っていた仁王は聞いていた。栞も何度か震える携帯が、幸村だと分かっている。
少し仁王の方へ目線をやると、自信満々な様子で微かに笑っている。

「精市には言わないでくれませんか?ここに居たこと」
「何じゃ?喧嘩か?」
「・・さぁ」
「あいつはおまえさんを大事にしとるから、何も心配ないぜよ」

何も知らないくせに。

無関係の仁王にそんな言葉は言えず、心中で叫んだ。
仁王の言葉は、ただただ栞の表情を曇らせる。

「そんな顔しなさんな・・・。お前さんとはあまり話させんようにしとった奴がおるけぇ、配慮がたらんかったか」
「話させない?」
「分かっとらんかったんか?お前さんが大会に来ても、俺たちとはあまり話さんじゃろ。直ぐに幸村がくる。話せないんやのうて、話させん」

確かに栞は幸村以外のメンバーと、あまり話したことがなかった。軽く挨拶をするものの、その先の会話があったとしても、阻止するように幸村が来ていた。
少し長く話してもクラスメイトの赤也ぐらい。当時は何も思わなかったが、今は仁王の言う通りな気がする。

「なんでそんな事・・」
「誰にも取られたくないんじゃき。思ったよりもあいつは子供じゃの」



* * *



「赤也、本当に栞に伝えてくれたのかい?」
「朝一に伝えましたよ。あと、昼休みになって直ぐにも声かけましたし・・・」

昼休みになって暫くして、幸村は栞の教室を訪ねていた。もちろん栞は居ない。教室を隅々まで見て、直ぐに携帯を取り出し呼び出しをする。長いコールが鳴り、かけ直す事5回。やはり出ない。
何処へ行ったかも分からない切原にとって、幸村がこうしている時間は意味がわからなかった。ただ、2人の間に何か異変が起こっている事だけは察知していた。

「出ないな」
「やっぱり俺、何か聞いておきましょうか?」
「ありがとう。でも大丈夫だよ、赤也」

少し残念そうなをする幸村。試合中でも見せない姿に切原は心配になる。何か声をかけるか考えている間に、3年の教室へ向かってしまった。
昼休みが終わるチャイムが鳴り、午後の授業が始まる数分前に栞は教室へ入ると、切原は直ぐ栞の机へ向う。

「ぁーさっきは・・・ごめん」
「部長、残念そうだった。何があったか知らねぇけど、あんな顔初めてみたぜ」
「・・・。そう」
「そうって、気にならねぇのかよ」

気にならないわけじゃない。気にしたくないだけ。
黙って外を眺め始める栞は「そっとしておいて」とポツリと呟し、机に突っ伏した。
授業が始まるとそっとポケットから携帯を出し、通知を確かめる。

−精市 着信5件

心のどこかで、誰か知らない人からの間違い電話であって欲しいと思っていた。通知を直ぐに消し、先生がスラスラと黒板へ書く様子を見るが頭には入ってこない。
いつの間にか窓から入る風が湿気を帯び、ふと空を見上げると黒い雨雲が一面に広がっていく。そういえば今朝の天気予報は晴れの雨だったかと思い出す。きっと折り畳み傘があったはずだと、鞄に手を伸ばし中を見るが、折り畳み傘は無かった。
今朝も頭の中は不安だらけで、傘のことまで気が回らなかったのだ。気分はもう最悪だった。

「まだ降ってる・・・」

帰りのHRになっても、雨は全く止む気配は無かった。帰りのHRが終わると、友人達は各々帰っていく。
「傘無いの?一緒に帰る?」と、優しい言葉をかけてくれる友達が居たが、帰り道が逆方向で申し訳ないと断った。
どうやって帰ろうかとゆっくりを席を立ち、忘れ物の傘がないか探してみようかとも考えた。最悪、母親に電話をすれば迎えに来てもらえるかと、鞄を持ち上げると切原と幸村が会話する声が聞こえた。
ハッとその方向に振り向くと、教室に入っている幸村の姿があった。

「部長〜。今日の練習は雨だから、室内で軽くっすよね?しかも大会近いから、いつもより短めっすか?やった〜」
「そんなに嬉しそうな声を出すと、誰かさんに怒られるよ。あ、栞。今から帰るの?傘はある?」

幸村と目があう。

まさか放課後までクラスに足を運ぶなんて、思ってもいなかった。いや、油断していた。
不安が少しずつ増していき何と答えれば良いか考えていると、幸村は少しずつ栞へ近づく。ただの良心かもしれない。だけど、昨日の今日でそうとは思えなかった。

「どうしたの?そんな不安な顔してさ」
「あ、いや・・待って。来な・・・」
「顔色悪いよ。大丈夫?」

優しい口調の問い掛けが怖く、頬に触れようとする幸村の手に身体が強張る。顔を背けながら、目を瞑った。しかし、幸村の手は栞の頬に触れられない。
変な空気を体で感じた栞は、少しずつ目を開ける。目の前には栞の頬に触れようとした幸村の手が、誰かによって止められていた。「ふ、副部長・・・」と、目を丸くした切原が呟く。

「困っているではないか」
「ビックリした。・・真田じゃないか。2年の教室に何か用?」

なかなか部活の集合場所に来ない切原を迎えに来た真田は、切原の目線の先にある異変に気付き駆け寄った。
幸村の声色は、どこかイラついているようだった。
残っていたクラスメイト、幸村を見に来た女子達、静かになった教室に異変を感じて見に来た野次馬達の目線が3人に集まる。
この異様な光景に誰もが息が詰まらせた。

「傘は持っているか?」

栞は声を発さず、首を横に振る。

「そうか。良かったら、これを使ってくれ」
「でも」
「気にするな。俺は持ってきた傘がある」

そう言って真田から紺色の折り畳み傘を受け取ると、鞄を持つように促される。真田は自然と栞の肩に手を置き、一度も幸村と目を合わせる事もなく教室から出て行った。
人々の目から2人の姿が無くなると、次第にざわつき始める。この状況は誰が見ても修羅場だった。



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