今年はたった1つ

昔からバレンタインデーの周助は大変そうだった。
何年か前から1人では持って帰れなくなったチョコレート。
バレンタインデー当日の夕方は決まって、周助と同じクラスの菊丸先輩と隣に住む1つ年下の私は、周助のチョコレートを家まで運ぶ手伝いをしていた。

「去年も不二のチョコレート凄かったよね。今年はいくつになるかにゃ?」
「英二も沢山貰ってたじゃないか。ねぇ、栞」
「そうそう!菊丸先輩も結構貰ってましたよ!私の友達も菊丸先輩にあげてましたし」
「不二には及びませんーだ。ねぇー、栞ちゃんは何時になったら俺の事を、名前で呼んでくれるの?」
「菊丸先輩を名前で呼ぶなんて、とんでもないです!」
「不二は名前で呼んでるのに?」

私が周助の事を名前で呼んでいるのは、幼馴染だから。昔からずっとそう呼んできた。
呼び名を変えるタイミングも、変える理由もなかった。
それでも、菊丸先輩は私に名前で呼んで欲しいみたいで。もう大分親しくなったからって言うんだけど、やっぱり先輩だし、なかなかそういう気持ちにはならなくて少し困っていた。

「英二、また栞を困らせて」
「だって呼んで欲しいんだもん。あ、栞ちゃんは今年のバレンタインデー、誰にあげるの?」
「え?あー・・あまり興味なくて」
「ふーん、去年もそんな事言ってたよね。俺は何時でもウェルカムだよん!」

菊丸先輩ごめんなさい。
興味がないのは嘘で、毎年周助だけに夜にコッソリ渡している。表向きは友達としてだけど、周助への想いが沢山詰まったチョコレート。
今年こそは。って、毎年渡す時に告白を考えるけど、幼馴染の関係は崩したくなくて、ずっと出来ずに隣に居る。
いつ彼女ができてもおかしくはないのに、私はずっと隣で周助を見てるだけ。


* * *


今年もバレンタインデーがやってきた。
今年は小さな缶に、トリュフチョコ、クッキー2種、ブールドネージュを入れた。淡いブルーのリボンをかけて、少し大人っぽく。
勿論学校には持って行かずに、自分の机の上に丁寧に置いた。

朝。学校へ着くと、青学のテニス部レギュラー陣は沢山のチョコレートを貰っていた。同じクラスの桃城くんは、貰ったチョコレート早速食べて幸せそうにしている。
そんな桃城くんが何かを思い出したように、ある事を口にした。

「そういえば、不二先輩は今年は本命しか受け取らないって言ってたんだよ」
「え?その話本当?」

少し食い気味になって聞いた。

「そうなんだよ。朝練終わってから渡す子が多いんだけど、そう言って受け取らなかったんだぜ?勿体ねーよな、勿体ねーよ」

どうしたんだろう。
もしかして最近好きな子ができて、それを待っているとか・・・?
そんな話一言も話してくれなかったし、今年もいつも通り菊丸先輩と3人でチョコレート運ぶ約束だってした。

確かに同じクラスの子が周助に渡しに行って、綺麗にラッピングされた箱や袋をそのまま持って帰ってきたのを見かけた。中には泣いている子も居た。
「今年は本命しか受け取らない」って言われたら、それは自分ではないって振られたようなものだもん。私も同じ立場だったら、多分泣いてる。


* * *


放課後になってから、周助からではなく菊丸先輩から、約束はなくなったと連絡が来た。
毎年恒例行事だった約束が急になくなって、バレンタインデーに直帰する日は初めてだった。約束通りだったら、夕方この道を3人で「今年も沢山貰ったね」って笑い合いながら歩いていた。
お返しの話をして、また来年の話をする。

「あ」

もしかしたら、来年も無いかもしれない。
この先ずっと義理でも、チョコレートを受け取ってもらえないかもしれない。

私は怖くなった。周助が遠のいていくような気がして、首に巻いたマフラーで息が苦しくなった。
まだそうなってはないのに、心にポッカリと穴が空いたようで、本当に私は周助の事が好きだったんだと自覚した。

家に帰ってから、直ぐベッドにダイブした。
暫く顔を枕に埋め、机の上に置いてある周助へのチョコレートをどうするか考えた。

皆はどうしているのだろう。
友達や家族と食べた?
自分で食べた?
それとも、違う人にあげた?

本来渡す人に渡せなかった寂しさは、どうしようもない。誰も悪くない。
だけど、買うにしろ手作りにしろ、当日までに考える労力はとてつもなくて、不安だけど楽しみな時間を過ごしている。
そのことも、優しい周助は分かってる。
女の子が自分へ想いを馳せて、渡してくれるチョコレート1つ1つには感謝しきれない。って、毎年言ってたよね。

「渡したかった」

私は気がつくと、ラッピングされた袋を見て涙をポロポロと流してしまった。



ー♪


いつの間にか寝てしまった私は、誰かからの着信で夢から現実に呼び戻された。
視界がぼやっとするまま、表示された名前をちゃんと見ずに通話ボタンを押した。

「・・・もしもし」
「栞、寝てた?ごめんね、いきなり」
「周助。・・どうしたの?」

電話の向こうから聞こえるいつもの優しい声が、忘れていた不安を一気に掻き立てる。その気持ちが声に表れないように、寝起きの頭を無理矢理起こして平常心を保った。

「今、家の前に居るんだ」
「分かった」

電話を切って置いた後、アウターに袖を通しながら階段を降りた。微かに体が震えていて、心臓も飛び出しそうなぐらい響いているのが分かる。
靴を履き、玄関を出る前にスーッと深呼吸をした。

彼女ができたのかな。
その報告できたのかな。
それとも、他の用事かな。

「お待たせ。寒いでしょ」
「練習終わりだから平気だよ。栞こそ、寒いでしょ」
「大丈夫。こんな時間にどうしたの?」
「えっと」

なかなか用件を言わない周助は、いつもと変な感じがした。今まで見た事ない表情だからなのか、何もわからない。
もう終わりなんだろうか。一緒に帰ったり、話したりする回数が減ってしまうなんて嫌だよ。

「今年は、貰えるのかな」
「何を?」
「何って、毎年この日の夜に貰ってるもの」

それって、チョコレートの事・・・だよね。
今年は本命しか貰わないって聞いたよ。

「ごめん。毎年貰っていたから期待しちゃった」

少し恥ずかしそうに困った感じで謝る周助を見て、ポロリと涙が溢れた。
熱い想いが解放されたかのように、頬を濡らす。
驚いた周助は、また謝りながらハンカチで優しく頬を拭いてくれた。

「・・・ってて」
「ん?」
「ちょっと待ってて」

私は物凄い勢いで階段を駆け上がり、ラッピングされたそれを大事に持った。今までで1番大切な贈り物。
まだ受け取ってくれるか自信はない。
そして緊張していて、違った意味で身体が震えた。

「今年は本命しか受け取らないって聞いたよ」
「うん。栞が持っているものは本命?僕のため?」

静かに頷いた。

「良かった」

その一言で周助が緊張していた事が分かった。
安心して柔らかくなった声。
一呼吸置いた後、周助は贈った缶を受け取ってくれた。




*end.

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