名前

1週間経っても信じられないでいた。校内でも人気がある、あの不二周助と付き合うことになった事を。

3年に上がり委員会が一緒になったこともあって、気にはなっていた。
優しくて、綺麗で、どこにも文句のつけようが無いくらい完璧に見えていたから。
委員会が一緒じゃなければ付き合うこともなかったと思う。製作するアルバムの紙や表紙について遅くまで話し合って帰ろうとする教室で、夕日に包まれながら告白をされた。

「栞、不二くん来てるよ」
「・・え、あぁうん」
「しっかりしなよー」

教室の外に不二は立っていた。今日は一緒に委員会まで行くって約束してたんだっけ。
不二が女の子を待っている、それだけで周りが騒がしくなることに慣れず準備をして小走りで向かう。

「じゃあ、行こうか」
「うん。アルバムのテーマとか考えてきた?」
「何となくね。栞は?」
「・・・あまり自信ないよ」

委員会の教室まで間、少し人気がない廊下を歩くと不二の笑顔が向けられドキッとしてしまう。いつも長く感じる廊下が短く感じる。一緒に廊下を歩くだけでもこんなに幸せかと思うほど、不二との時間は格別なものであった。
委員会が始まり皆で案を出し始めると、自信がないと言っていた栞の案が通り、アルバム制作のテーマがブレないか管理する役割が与えられた。他の話も淡々と進み、当初の予定より早めに委員会が終わり、教室には2人が残った。

「栞が考えたテーマ、凄く良かったよ」
「そうかなー。でも不安・・・」
「どうして?」

これまで生きてきて、そんな大事な役割は避けてきた。卒業アルバムは卒業生にとって大切なもの。自分のせいで失敗したらどうしようとか、皆に迷惑をかけてしまったら・・・と考えると、不安でため息が出る。

「大丈夫だよ、僕も手伝う」
「でも、不二く」
「名前で呼んで」

急に真面目なトーンで見つめられ、恥ずかしくて目をそらす。1週間経ってもまだ名前を呼ぶことに抵抗がある。不二と付き合えることにすら不思議で堪らなく、釣り合っているのか栞は不安だった。「栞?」と名前を呼ばれて手を握られた。

「ごめん、まだ慣れなくて」
「ううん。・・・そろそろ部活に行かなきゃ」

悪いことをしてしまったように感じた。相手に応えようとしても応えられない自分が嫌になってしまいそうで、ただ恥ずかしい気持ちで相手を傷つけてしまったのではないかと思う。靴箱で「またね」と部活へ向かう姿に、頑張っての一言も言えず自宅に帰る。
その日の夜、不二から「大会を控えて暫く会えそうにない」とのことだった。嘘をつく様な人ではないと分かっていながらも、自分の態度で距離を置かれてたと感じて心が痛む。本当は会いたいと言いたいが「頑張って」と返信をした。

定期的に開かれる委員会に、不二のクラスは毎回代理が出ていた。外から微かに聞こえるテニスボールの音を聞くたび、会いたい気持ちが増していくのが自分でも分かった。
暫く順調に進んでいた制作だったが、その日が終わる頃にはテーマが少しブレ始め、課題解決を考えなければいけない役目が重くのしかかる。栞は無意識に屋上に来ていた。



「不安。もう何もかもが不安」



手すりに捕まり夕日を見た。あの日「僕も手伝う」って言ってくれたけど、手伝ってもらえない現実。大会前で部活に集中しないといけない不二に嘘つきなんて言えないし、言おうとも思っていない。
孤独ってこういうことなのか、と思い蹲み込んでいると屋上の扉が開く音がした。

「・・良かった。まだここに居て」

不二の声だった。振り向くと制服ではなくてジャージ姿で少し汗をかいている様子にビックリして、立ち上がった。

「まだ部活の時間だよね?なんでここに?」
「僕が練習しているコートから丁度栞が見えたんだ。ボーッとしてたでしょ?その姿を見てたら手塚に怒られてね」
「大丈夫なの?」
「んー、走ってこいって言われたんだけど、会いたかったから少し抜け出しちゃった」

栞は泣きそうだった。
応えられない自分。恥ずかしい思いで傷つけてしまったんじゃないか、もう暫く会えないと思っていた矢先の出来事。涙目になっていく栞を見て、不二は近づきギュッと抱きしめた。

「不安だったよね」

もうその言葉に堪えられなかった。「ごめん」と、不二の腕の中で涙を流した。
1人で悩んで不安で、会えない少しの時間が心をポッカリ空けるほど好き。大好き。栞が悩んでいたことを少しずつ話している間、不二は頭を撫でながら頷いてくれる。一頻り泣くと唇と唇が合わさる。

「下手だったかな・・・」
「・・・いや、え!?」
「少しは僕の想い伝わった?」

目をまん丸に見開く栞を見て「こうすれば伝わるかなと思って」と笑う。

「委員会も僕らのことも、何でも相談してね。会えなくても携帯鳴らしてくれれば、それで良いから」
「うん」
「名前も栞のタイミングでね」

手を引かれ屋上から出る途中に呟く。

「ん?今何か言った?」
「・・・周助。ぁ・・ありがとう」

不二は微笑み「こちらこそ」と手の握りを少し強くする。もう栞のなかに不安の文字は少しも無い。




*end


練習中のコートでは、視力の良い菊丸が何かを見つけた。

「あっれー?屋上にいるの不二じゃない?」

菊丸の声に気づきレギュラー陣が見上げると、2つの影が徐々に1つになっていく。「わ!不二ー、戻ってきたら聞いちゃうもんねー」と菊丸や桃城が、コート内で騒ぐ側。

不二のやつ・・・・。

てっきり走りに行ったと思っていた手塚は遠くの方を見ていた。


[ 15/21 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -