#11「1人から2人」


あぁ、苦しい。

泣き顔を誰にみられたって構わなかった。
本能の赴くままに学校を駆け、普段は通らない細くて薄暗い校舎裏を通り中庭に出た。泣きながら走った所為で、いつもより呼吸が乱れて苦しい。
栞は、中庭でもシンボル的な背の高い木に保たれるように崩れた。


もう居ないのかな、あの頃の精市は。
少し前まではあんな風じゃなかった。いつも優しく笑って声をかけてくれたあの姿が、遠くのように感じる。


「何があったんだ」

歪んだ視界に足元だけが入ってきた。一瞬幸村が後を追ってきたかと思い混乱したが、その声で誰か分かると力が抜けた。

「そんな顔をして駆ける姿を見ては、放っては置けなかった。もう泣くな」

同じ高さに蹲み込んだ真田は、そのまま躊躇なく栞を抱きしめた。あの日のようにすっぽりと収まると安心したのか「泣くな」と言われたのにも関わらず、またポロポロと涙が出てくる。

「精市、私たちの事に気がついています・・・」
「あぁ」
「でも別れてくれなくて、怖くて不安でたまらなくて・・・だけど先輩に会うのは、別れてからって決めてたのに。ごめ、んなさい」

栞自身も落ち着かせようと、呼吸を整えながらゆっくりと事情を話す。支配されるような不安が時々言葉を詰まらせる。少し気分も悪い。
気がつくと頭の上には真田の大きな手が添えられ、ぎこちなくも落ち着かせようと撫でていた。

「俺とは・・・その。まだ付き合えないのだろうか。
痴がましい事だが、中山が心配でしょうがないうえ・・・想いが一杯だ。我儘ですまない」

耳元で囁くほどの声だったのに、力強い想いを感じた。

「先輩、気持ちは凄く嬉しいです。だけど、まだ綺麗に別れられていないんですよ・・そんな私と付き合って良いんですか?」

真田の真面目さは、良く幸村から聞いていた。恋愛の話は0。周りから「好きな人くらいつくれば良いのに」と言われるほど、浮ついた話もない。
自分にも他人にも厳しく中途半端な事は許さない人が、親友と別れられていない彼女と付き合えるとは信じられなかった。


「別れられるのか?1人で」


素直に「できます。頑張ります」と言う自信がなかった。納得してくれない幸村と、今はなるべく顔も合わせたくない。
別れ話の為に、何を頑張れば良いのか。そもそも頑張る事なんてないはず。家も近くて次に何をされるか、何を言われるのか考えると、不安が再び込み上げてくる。
真正面から「別れて欲しい」と言っても聞いてくれなかった幸村と、距離を取ることしか頭に無かった。


「今の状況は複雑だ。自分の行動が許されるものではないと思っているが、守りたいのだ。2人であれば、気持ち的にも安らぐのではないだろうか」


植物の葉を少し揺らす程度の風が、湿った空気を変えていく。身体を少し離し向き合うと、真田の熱い眼差しが注がれた。想いは充分すぎる。
2人はお互いの手を取り合うと、周りを気にしながらキスをした。


* * *


「ここまで送ってくれて、ありがとうございます。でも、そろそろ練習に行かないと怒られちゃいますよ」
「あぁ、気を遣わせて悪い。やはり心配で・・・」
「とりあえずは大丈夫です。先輩が居ますから」

委員会があったとはいえ、練習へは大幅な遅刻だった。無理を言って栞を正門まで送ると、駆け足気味で部活へ行く。

目蓋が妙に重い。

どう考えても、泣きっぱなしのせいだった。しかも、少しヒリヒリする。少し人目を気にしながら家に着くとタオルを水で冷やし、目蓋の上に乗せた。
火照った目蓋をタオルが少しずつ冷やしていくのを感じながら、深呼吸をすると放課後から帰宅までの一連の出来事が頭を何度も駆け巡る。
暫く見なかった幸村の顔、心配して追いかけてきた真田の顔が交互にチラつく。もう1人ではないと分かっていても、立ち向かわなければならないのは自分自身だ。

次の日の朝は、いつも通り1人で登校。
友達に少し目が腫れている事を心配されたが、何があったのか具体的には話さなかった。しかし、それも時間の問題。
人気のあるテニス部関係の話題が、女子を中心に学校に広まっていく時間は早い。幸村と付き合いだした時も早かった。話の発起人が誰かも分からないまま広まり、穏やかに話題は収まっていく。

「おい、栞」
「赤也。何?宿題でも忘れた?」
「ちげーよ。部長から伝言」

朝練終わりの切原に声をかけられたかと思えば、幸村の事。変な動機がしてくる。

「ーーってよ。・・聞いてんの?」
「ぁー、ごめん。ちょっと聞いてなかった」
「今日の昼、迎えにいくから絶対に待ってろって。あーあ。わざわざ伝言なんてしなくても、連絡とれるのによ。あ、もしかして栞、喧嘩中とか?」

何故幸村がわざわざ伝言してきたのか。
それはきっと、栞が逃げて「忘れてた」で済まさないようにする為。恐らく幸村は保険で、切原に何処かへ行かないように見ておいて欲しい事まで頼んでいると悟った。
授業が始まり、頭の中は昼休みの事で内容が入ってこない。幸村の教室から栞の教室まで、歩いて大体10分程。急いでくる事を考えると、昼休み開始のチャイムが鳴って5分以内に教室を出れば良い。

(あと少し・・・)

昼休み開始のチャイムが鳴るが、先生の授業がなかなか終わらない。1分、2分と時間が過ぎていく。周りも昼休みの時間が削られ、人気のランチが無くなると焦る者も居る。
ようやく次の授業までの課題を出され、号令がかかったと同時に栞は小さなお弁当箱と飲み物を持ち廊下へ走る。

「おいっ、部長が」
「ごめん」

切原の話を遮るように謝り、3年の教室とは反対の廊下へ向かい階段を降りていく。何処へ行くのか決まってはない。
何と無く人通りが少ない場所を求めて小走りに探し回った。辺りがだんだんと静かになり、ちょうど良さそうな外階段を見つけ、そこに座る。
丁度どこの教室からも死角になっていた。ふぅ、と落ち着き真っ青な空を見上げていると「先客か?」と後ろから声をかけられた。
あまりにも急に声をかけられたもので、体がビクつき変な声が出た。しかし、栞はその声に聞き覚えがあった。




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