#08「別れよう」

澄んだ青空に心地良い良い風が吹き、いくつかの方向からボールを打つ音が聞こえる。立海の試合開始時刻はとっくに過ぎ、試合は既に始まっていたが栞は急ぐ様子もなく寧ろ遠回りをしていた。
コートに行けば必然と幸村と真田が居て目に入る。それを想像するだけで息が詰まりそうになり、昨夜もあまり眠れなかった。自販機でサイダーを1本買い、歩きながら携帯を開く。きっと試合中は見ることのない応援メッセージを真田に送り、幾つものコートに目を向けて足を進める。


「「常勝立海大!!」」


耳に馴染んだ応援が聞こえてきた。コートに着き、恐る恐るベンチの方向を見ると想像していた通りに幸村が座り、その後方に真田の姿が目に入る。いつも和かな幸村の姿とは違い真剣な眼差しで試合を見ていた。
同じく真田も試合を見ているが、栞と目が合ってからは何度もそっちに目線がいっている。栞もそれに気がつき、恥ずかしながらも目で追う。試合中、目が合うだけで胸が高鳴っていくのが自分でも分かった。

「もう少し近くに行けば?」
「赤也!?・・・いいのここで」
「なんで?部長の応援に来たんだろ?まぁ、栞が応援しなくても余裕だけどよー」

無邪気に笑う切原に暫く何も言えないでいると、心配そうに声をかけられる。

「なんか言えよなー。いつもなら近くに居るくせによ、喧嘩でもしたのか?」
「してないよ。精市と喧嘩なんてしたことない」
「じゃあ何だよ」
「普通」
「いや普通じゃねぇだろ」
「別に何でもないって。・・・っていうか、精市こっち見てない?」

「はぁ?」と、視線を幸村の方へ向けると笑みを浮かべる姿があり、その笑みの向こうにどんな思いがあるのかは容易につく。試合中に油を売っていることに加え、栞に話しかけていることもあるだろう。
試合後走らされる恐怖と練習量追加に怯えながら切原は、元の場所へ戻っていった。

試合結果は流石の立海、ストレート勝ち。二人の試合は本気を出すまでもなく、あっという間に終わりを告げる。両チームの挨拶も終わり簡単なチームミーティングが終わるまで、栞は離れたベンチに座り少し夕日になりかける空を見つめた。


ちゃんと話ができるのかな・・・。


炭酸が抜け、ただの甘い水になろうとするサイダーに口をつける。喉の渇きを潤そうとするが返って、ベトついた甘さが渇きを増しそうだったが構わなかった。
刻々と迫る時間への緊張を少しでも紛らわしたかったからだ。

幸村と一緒に帰る約束をした時間から少し過ぎた頃、小走りで向かってくる姿が見えた。


「お待たせ」


栞が「お疲れ様」と立ち上がると、幸村は手を取り歩き出す。

「精市、バスに乗らないの?」
「何だか今日は歩きたいんだ。栞の体調が良ければなんだけど」

会場から家までは少し距離がある。バスに乗って家の最寄りまで行くのが早く、歩けば30分ぐらい遅くなってしまう。
特段断る理由もなく歩いて帰る事を了承すると、幸村は「もう少し長く一緒に居れるね」と笑って見せた。

「あそこのお店、スイーツが美味しいって評判らしいんだ。紅茶も厳選して提供してくれているらしくて、次の休みにでも行きたいな」
「うん・・・そうだね」

今後のデートの話が出てきても、とりあえずは普通に返していく。もうこの人とは別れると決めていても、なかなか踏ん切りがつかずタイミングが分からないでいた。
あまりデートの時間が取れなく、お互いの部屋を行き来したりする中で、知らない街を歩く幸村の横顔は楽しそうにしている。
ほとんどの会話は幸村からで、一昨日から様子がおかしいと気にかけていた事もあり「栞。どうしたの?」と、少し静かな住宅街の真ん中で足を止めた。

「・・・」
「俺、試合中も心配してたんだよ。いつもなら近くに来てくれるのに来てくれなかったし。体調まだ悪い・・・?」
「ごめん」
「いや、俺こそごめん!変なこと言っちゃって」

家まで後20分程の距離。また歩き始め、他の話題を振ってくれるが、栞の頭には入ってこなかった。
どれだけ自分のことを想ってくれているのか考えると酷く胸が痛み、考え過ぎて呼吸が浅くなっていく。何度か心配をしてくれる幸村を他所に、気がどんどん重くなっていたのだった。
気がつけば話を切り出せないまま、お互いの家の近くまで歩いていた。

「今日はありがとうね。まだ本調子じゃなかったかもしれないけど、応援に来てくれて」

早く言わなきゃ。

「栞が来てくれるって思うと、やっぱり嬉しくてさ」

別れ話を。

「次の休みが分かったら連絡するから、今日話したお店にでも行こうね」

精市・・・。

「栞のタイミングで相談してもらって構わないから。それじゃ、今日は本当にありがとう」


別れ際、一度栞の事を抱き締めようとすると、栞は幸村の胸を押し返す。


「・・・栞?」
「ごめん。・・・精市。ごめん」
「どうしたの?栞」







「別れよう」






あたりはシンと静まり、栞の言葉だけがよく聞こえた。

「急にどうしたの」
「・・・」
「冗談だよね。何かの罰ゲーム?」
「違う。本気で言ってるの・・・」

本当にどれだけ想ってくれているのから分かっている。驚きを隠せない幸村ともだんだん目も合わせられなくなり、栞は俯いてしまった。

「それは無理だよ、栞」
「・・・」
「俺のことが嫌いになった?何がダメだった?」
「本当にごめん・・・。別れて欲しい」

自分で相手を突き放すような言葉を発することも辛いが、理解して貰うためには避けられなかった。
ゆっくりと呼吸をすることしかできない。幸村に理解してもらえればそれで良いと思って、どれだけ時間が経っただろうか。
ふと目線を上げると悲しげな顔をしている反面、口元は笑っているようだった。その顔に一瞬鳥肌が立ち、幸村のテニスバッグが地に落ちると同時にグッと腕を掴まれ引き寄せられる。

「!?」
「栞。俺から離れないでって言ったよね」

少し笑いながら言うが、目は一切笑っていない。

「俺は別れるつもりなんて一切ないよ」
「・・・精市」
「よく考えて栞、ずっと一緒に居たじゃないか」
「・・・」
「もうそんな話しないでよね。それじゃ、また明日」

幸村は栞を離すとテニスバッグを肩に掛け直し、カシャンと自宅の門を通り行ってしまう。1人取り残された栞は、別れられなかった事と初めて見る幸村の顔が脳裏に焼き付く。
家に戻り自室に入ると、少し気が抜けたのかグッと掴まれた腕がじんわり痛い。こんなに痛く掴まれたのは初めてで、思わずその部分を摩る。



「離れないって言ってたけど・・・だけどさ・・・」




*next


[ 8/15 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]




グランプリ賞金3万円!
BL小説コンテスト開催中!
- ナノ -