#07「まだ言えないの」

互いに「好き」という言葉は出なかった。いや、出せなかった方が正しい。
唇を離すと背徳感に包まれ、なんとも言い難い気持ちになり一瞬だけ目があうと直ぐに反らした。

「ごめんなさい」
「俺の台詞だ。付き合ってもいないというのに」
「・・・・・私・・」

驚きで引っ込んでいた涙が、また溢れてくる。

「同情ではないのか」

真田は自分に同情されていると思い、心配そうな声で聞いたが栞は首を横に振る。深呼吸をして少しでも自分を落ち着かせ涙を止めながら、口を開いた。

「・・・わ、私。ず・・っと自分の気持ちから目を逸らして・・・た、から」

外は暗く、少しずつ雨脚が強くなっている。うっすらとした校舎のどこからか「副部長ーーーー!!どーこですかーーーー」と、大きな声がして2人の身体ビクッとした。傘を取って戻ってくるには遅いと思った切原が心配で真田の事を探しに来ていた。一番近い廊下を駆け上がってくるような音がする。
栞は身を離し、鞄の中にあったノートを小さく千切りシャープペンを走らせ、その紙を真田に渡す。

「それ、私のIDです・・・。きょ、今日のこと改めて話したいので」
「あぁ・・・・」

切原がくる前に栞は鞄を持ち直し、その場を去った。その姿を見つめて暫くすると、切原が真田を見つけて駆け寄る。

「あー!こんなところに居たんすか。もぉー、早く着替えに戻ってくださいよ。皆待ってますよ」
「・・・あぁ、すまん」
「それゴミっすか?」

切原が指を差そうとしたのは、さっき栞に貰ったIDの書かれた紙切れ。「そんなところだ」と、咄嗟に手の中に隠しポケットへ入れた。

「なんでゴミをポケットに入れるんすか?変なの。だってあそこにゴミ箱がありま」
「煩い。ごちゃごちゃ言うな!!!!」

雷に照らされる真田に怯える切原を他所に、真田は急ぎ足で部室へと戻っていく。
足取りは思ったよりも軽く、また会える喜びを抱えている自分に少し動揺もしていた。



* * * * * 



「傘忘れた」

教室に行く前に真田に出会し、慌ててその場を去ってしまった為、昇降口に着き外の雨の様子を見て気がついた。今から戻っても遅くはなく、自分の教室へ行くルートはいくつかあるが、真田や切原、ましてや他のレギュラー陣に会う可能性がある。特に今は誰にも会わず、帰宅したい。

「はぁ…」

思わず溜息が出て、雨が少しでも収まるのを傘立てに腰をかけ外を眺める。

遂に自分の気持ちが幸村ではなく、真田に向いていることに気が付いてしまった。しかも「もう一回」なんて事を自ら頼んだことで、もう後戻りもできなくなっている。いつの間にか真田のことを忘れられなくて、恋愛感情を抱いている事に間違いなかった。


ー♪


「!」

静かな昇降口に、ポケット中で携帯が振動する音が響いた。ディスプレイ画面を見て何故か深呼吸をし、少し迷いながらも通話ボタンを押す。

「もしもし」
「今さっき部活が終わったんだけど、まだ学校?」

幸村からの電話に動揺を隠せないでいたが、なるべく電話口に出さないように慎重になる。電話の向こうでは、うっすら人の話し声が聞こえ、どうやら部室にいる様子だった。

「赤也から今日は栞が日直だったって聞いて、もしかしたら一緒に帰れるかもって思ってたんだけど」
「・・・ううん、もう出ちゃった。今日早いんだね」
「うん、雨が降ってきてね。蓮二が夕立だから暫くしたら止むだろうって言ってたんだけど、明後日から大会に備えて早めに切り上げたんだ」
「あ、そっか。大会近かったんだ」

すっかり大会の事が頭から抜けていた。
少し前に日程を幸村から教えてもらい、応援しに行く約束もしていたことを今思い出していた。約束をした日、あれだけ応援に行く事を楽しみにしていたのにも関わらず、今は素直にそう思えない。

「応援に来てくれるんでしょ?」
「ぁ・・・うん」
「待ってるよ。それじゃ」

電話が切れ外にふと目をやると、激しかった雨が徐々に弱くなっていた。窓ガラス越しに自分の顔を見ると、沢山泣いたせいで腫れぼったくなっていたが、そこまで酷くないのは真田が拭いてくれたお陰だと感じる。
幸村と別れることを考えていると、この短期間で真田と話すようになり気持ちがそっちに向いた事に胸が痛んだ。世の中をみれば、そんなケースがあってもおかしくはなかったが、ずっと一緒に居た人の手を離すことに罪悪感を感じる。



それでも、たった1人しか選べない。



大分雨が収まってきた。鞄を持ち上げ、学校を出ると生温かい風が頬を掠める。まだ掴まれた腕や身体、重なった唇には感覚が残っていて、天気と同じようにあっという間に過ぎ去った出来事が嘘のように感じた。所々にできた大きな水溜りを眺め、いつもの帰路に就くが足取りはどこか重い。

好きと言われた訳ではないが、何度考えても栞は真田の手をとりたいと思っていた。幸村とは明後日の大会後、チャンスがあれば話しをしたい。会おうと思えば会える距離で、なるべく早く話したいと思ったが、やっぱり大会前は避けたかった。


家に着き玄関を開けると、家族のものではない靴が1組。栞が帰ってきたことに気がついた母親が、リビングの方から顔を覗かせ「精市くん、来てるわよ」と小声で言い、2階を指差す。勝手に部屋に通された事には何とも思わないが、やっぱり今日は会いたくない気持ちが強い。
直ぐに部屋には向かわず、洗面所で手を洗いながら無意識に深呼吸を繰り返す。しっとりと濡れた髪をタオルで拭きながら階段を上がると、自室の扉が勝手に開いた。

「おかえり。ごめんね、お邪魔してるよ」

いつもの笑顔の幸村。テーブルには紅茶が入ったティーカップが置いてあり、少し減っている。一度帰って私服に着替えてきた様子で一口紅茶を飲む間、栞はしっとりと濡れた制服をハンガーに掛けた。

「会いたくて来てたんだけど、俺よりも遅かったんだね」
「雨が強くなってきたから、寄り道してて」
「そっか。・・・栞、目少し腫れてない?」

うっかりしていた。幸村は少し嫌がる栞の顔を覗き、目元を確認していく。

「泣いたの?」
「ちょっとだけだから、大丈夫!」
「本当に?腫れるまで泣いてしまうなんて、何があった?」

両手を手に取り心配そうに見つめる姿は、昔から変わっていない。栞の事を誰よりも心配をして、泣いていたら泣くまで待って話を聞いてくれて、いつだって幸村は優しい。
何度も笑って「大丈夫」だと言っても、きっと納得はしてくれないだろう。しかし、何度もそう言うことしかできない栞に、幸村は「また話せるときに話してね」と抱き締め、口を封じる。

「っ・・ちょっと、待っ」

そのままベッドへ誘導されていくが、勿論そんな気分ではない。角度を変えられ舌を絡められていく。もう二人にとっては自然な流れで進む空気に飲み込まれそうで、何とか意思を保とうと必死になった。

「栞?」

いつもなら受け入れる行為を、真田との学校での出来事を思い出し無意識に力一杯幸村の胸を押していた。今まで抵抗されたことが無かったせいか、幸村は少し驚いた顔をして、栞を見つめる。

「ごっごめん。下にお母さん居るし」
「ん?栞が声を抑えれば分からないって」
「そうかもしれないけど・・・」
「大丈夫だよ」
「・・・ごめん。今日お腹痛くて、体調優れないから」

不純な想いが募っている今、どうしても幸村を受け入れることはできない為にまた嘘をついた。俯きながらそうポツリと呟いた言葉に、幸村は少し心配そうな顔をして「気が付かなくて、ごめんね」と頭を撫でる。
その後ベッドに腰掛け、いつものように学校の話や花の話を楽しそうに話す幸村を見て、また胸が痛む。もう1つ1つの動作が辛かった。栞は、その辛さから逃れる為にこの場で別れ話をしてしまおうかと思ったがタイミングが分からず、幸村は気を遣ったのか早めに帰っていった。


部屋に戻ると丁度携帯が一瞬光って見えた。

 18:37ー1件の新着メッセージ

 18:31ー真田があなたを友だち登録しました


真田先輩、早速IDで登録してくれたんだ!



 ー立海大付属の真田弦一郎です。
  


たった一言のメッセージだったが、それが真田らしく少し笑みが出る。廊下での出来事を思い出すとドキドキして、また直ぐに会いたいなと思い「いつ会えますか?」と早々と打つ。
しかし、直ぐに消してベッドになだれ込んだ。


会うのは精市と別れてからだよ、ね。



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