#09「忠告」

新しい1週間が始まる。

いつものように顔を洗い、朝食をとり、身支度を済ませていると携帯が鳴った。
幸村ではないかと、恐る恐る通知を確認すると真田からだった。

 ー昨日は応援のメッセージを送ってくれて有難う。気が付いたのが夜だったのもあり、勝手ながら朝に返信させてもらう。申し訳ない。
  今朝は天気が良いな。

外を見ると眩しいくらいの光がさし、確かに天気が良かった。和かな気持ちで返信をしようとすると、家のインターホンが鳴る。きっと近所の人か配達だろうと、1階で母親が対応している音を聞きながら返信を始めた。時々、今日の授業のことを考えながら持ち物も考えていると、誰かが階段を登ってくる音がする。

お母さん?あぁ、そろそろ家を出る時間だから呼びに来たのかな。

「お母さん?もうすぐ出る・・よ」
「おはよう」

扉を開け階段の方を見るとそこに立って居たのは、微笑む幸村だった。
昨日、別れ話をしたことなんて無かった様な様子で迎えに来ている。驚いて何も返せないでいると「ほらー栞、精市くん待たせないの」と、下から母親の声がした。
途中まで書いたメッセージはそのままに携帯をポケットにいれ、鞄を急いで持ち幸村を避けて階段を降りる。その後に着いてくる幸村に、母親はどこか嬉しそうに「精市くん、栞を頼むわねー」と言い、幸村も「任せてください」と、栞の事なんてお構いなしに話をしている。

「い、行ってきます」
「ではおばさん、また」

玄関を出ると手を繋がれ不愉快だった。栞は門を出て暫くしたところで手を離し、早歩きになるが真隣をキープしてくる。

「何でそんなに急ぐの?」
「今日、なんで迎えに来たの?朝練は?」
「大会の翌日は休みって知らなかったっけ?」

そんな話を過去に聞いたことがあるような、ないような。

少し考えていると、あの時間に真田からメッセージが着たのは朝練がなかったからと納得する。
しかし、今そんなことを考えている場合ではない。

「もう迎えに来なくても良いから」
「栞、どうして?」
「どうしてって・・・。昨日の話、覚えてないの?」

栞は思わず立ち止まり、幸村の顔を不安そうな顔で見た。

「もちろん、覚えてるよ」
「じゃあ、なんで迎えに来たの?別れようって言ったのに・・・」
「栞、昨日も言ったと思うけど俺は別れるつもり無いよ。栞こそ、俺の答え覚えてくれないの?」

普段と変わりない笑顔が怖かった。
その後は、早く離れたいという思いで学校へ急いだ。自分の教室に入る前に廊下を振り返り、流石に教室までは着いてこなかった事を確認する。
授業が始まっても混乱は解けない。友人とお昼ご飯を食べても気分が晴れる事は無いのは、昨日掴まれた腕に感触が残っていたからだった。








「弦一郎、誰からかの連絡を待っているのか?」

お昼休み。お弁当を食べ終え、レギュラー陣で談笑している中、真田が何度か携帯をチェックしている事に柳は気がついていた。流石の観察力と褒めそうになるが「そうでは無い」と、携帯を制服のポケットへ仕舞う。

目の前で幸村と柳が談笑し笑い合っている。栞とキスをした日から想いはどんどん膨らみ、幸村の事が気になっていた。幼い頃からの付き合いがあるとはいえ、断じて許されない行為をしてしまった事を隠している事に嫌気が差す。

「図書館へ行ってくる」

廊下を出て図書館までの間、携帯を取り出し栞とのやり取りを見返す。既読はついているものの、やはり返事はなかった。特に用事のない図書館に足を運ぶのは、幸村と距離を置きたかった事と心のどこかで偶然栞と出会わないかと期待していた。
広々とした館内をじっくり見渡し、その姿を探したが見つからない。無駄足だったかと、出口に向かい図書館を出て直ぐのところに幸村が立っている。

「ん?幸村も図書館に用があったのか」
「いいや。何もない」
「どうした?」

お互い向かい合ったまま近づくことはない。距離を保ち幸村の表情から何かを読み取ろうとするが、何も分からない。真田に用がある事は何となく分かった。
数分経っても話さない幸村に苛立ちを感じ始める。変な空気が漂い、側を通る生徒達も2人を気にし始める者も居た。もうすぐ予鈴が鳴る時間に差し掛かろうとしていた頃、先に口を開いたのは真田だった。

「何もないなら失礼する」

そう言い、幸村の横を通り過ぎる瞬間に聞こえた言葉に動きが止まる。




「聞こえなかった?金曜日の部活終わり、俺の彼女と何してたの?」



一瞬頭に電気が走ったような感じがした。

何故幸村が。あの時間、あの場所には俺と中山しか居なかったはずだ。
場所もひっそりとしていて、あの時間は人気も少ない。だから、誰かが歩いていたりすると音が響いてすぐ分かるはずだ。なのに・・・なぜ?

「もしかして、携帯を気にしてるのも栞だったり。なんてね」

真田が発言に困っていると、幸村のクスッと笑う声が耳に入った。
初めて見る真田の反応を楽しんだ様子で、それ以上は何も言わず去っていく。追いかけようとしたがすぐに足を引っ込め、その背中を眺めるしか出来なかった。





 



「幸村」



部活が終わり、1人部室に残っていた幸村に声をかけたのは真田だった。

「すまなかった」

頭を下げる真田を一瞬だけ見て、ブレザーに袖を通しながら直ぐ窓の外に視線をやる。ゆっくりと口を開き、いつもの優しい口調で話し出した。

「認めるんだね。誰よりも生真面目な真田が、人の彼女に手を出すなんて思ってもいなかったよ。出すなら仁王や丸井あたりかなと想像していたんだけど、違ったみたいだ。
ちょっと蓮二に予想して貰えば良かったかな?」
「・・・」
「真田のことだ、中途半端な気持ちで行動する男じゃない。俺が聞くのもアレだけど、本気なんだろ?」

笑っている。怒らず焦らない余裕な態度は、彼氏だからこその余裕なのか。

「まぁ答えなくても何となく分かるよ。だけど、俺は一切離すつもりはない。約束したから」
「約束?」
「そう。これから先、ずっと一緒だって事。もう栞と話したりすることなんてないよね?」
 
怒る様子は一切見せず、終始笑顔だった幸村は真田を残して部室を出て行ってしまった。
幸村からの忠告は当然の事だと思う反面、想いは膨らみ期待までしている自分が惨めだった。あの時のキスは何だったのか。栞に対して不安を抱き始めていた。



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