#06「紡ぎ」
栞のプリントを拾う手が手が止まった。
柳に見透かされていることに動揺して、どうすれば良いのか分からない。
「今のはあくまでも推測であって、確実なものになるまであと少しといったところだが・・・その感じだとそうみたいだな」
「ど、どうして推測できたんですか。私、柳先輩と接する機会は少ないと思うんです・・」
「そうだな。だが、精市と弦一郎とは毎日といっていいほど顔を合わせる。ここ数週間、違和感があってな」
「・・・・」
「詳しいことは俺もよく分かっていないし、中山の頭の中まで読めるほど超能力者ではない。弦一郎に何かされたのであれば、精市に相談すれば良い」
薄暗くなった廊下だったが、柳が微笑んだ様子がなんとなく分かった。今、柳に話してしまえば少しは楽になるんだろうか。相談をして解決策が得られるような事ではないのは重々承知しているが、兎に角この気持ちをどうにかしなければと栞がまた考え事をしていると「もう落とすなよ」と、目の前に綺麗に纏められたプリントが差し出された。
「精市と仲良くな」
そう残して柳は去って行った。
残した言葉に胸が締め付けられ、何故か泣きそうになる。
しっかりプリントと日誌、鞄を持ち職員室へ足を運ぶ栞。職員室の扉を開け担任へ渡し、職員室を出ると昇降口へ向かった。
いつもなら夕日に照らされる廊下も、今日は天気も悪くさっきから雨が降り出していた。朝は降っていなかった為、傘は持ってきていない。栞は教室に置いておいた折り畳み傘の存在を思い出し、教室へ足を運んだ。
「天気もスッキリしない・・・ばーか」
誰も居ないことを良いことに独り言も言えるが、気持ち的に自分で自分を誤魔化し気持ちを保っている状態が近い。
悲しいのか何なのかよく分かっていないかった。
階段を上っていくと誰かが降りてくるのが分かり、ふと上を見上げた。
「・・中山」
目に飛び込んできたのは、今一番会いたくない人。
顔も見たくない人。
「さ、真田先輩」
ジャージ姿で1歩1歩降りてくる。さっきまで我慢していた涙が溢れ出し、咄嗟に近くの渡り廊下の方へ走る。どこに向かっているわけではなく、ただ真田から離れたい一心だった。乱れる呼吸を押さえて渡り廊下を走り切ろうと思ったが、気がつけば腕を掴まれていた。
「どうした。何かあったのか?」
振り向けないが十分に心配してくれていることは分かった。
「・・ぅ・・う」
「泣いていては分からん」
「っ・・すみ、ません」
真田から栞の顔は見えない。ポタポタと流れる涙を制服の袖で拭く姿を見てハンカチを取り出す。
「袖だと汚れるし、赤く腫れ上がるぞ」
なんとなく分かる範囲で、不器用ながら涙を押さえるように優しく拭いていく。鼻を啜り涙を流す姿を見られ恥ずかしいが、もうそんなこともどうでも良くなっていた。
「や、優しく・・しないで、ください」
今の栞の精一杯の抵抗。泣いて自分がどんな想いを持っているのか、分かり始めていた。
幼い頃からずっと一緒に居たからこそ、幸村の手を簡単に離せないでいる。離してしまえば、もう2度と昔の関係には戻れないような気がしていた。家族のような存在で、近くに居て当たり前の幸村。
真田のことを好きと認めてしまえば、自分も戻れなくなる。
「これ・・以上され、ると・・・」
「・・・・・」
「精、市と・・一緒に居れなくなり・・・ます」
少し収まってきたと思った涙が、またポロポロと溢れ出てくる。
外は雨が降り続き、廊下は湿った空気が漂う。まだ真田は栞の腕を持ったままで、一言一言栞の口からの話しを聞く。
少し前に雨が降り始め部活が途中で終わった。着替える前に校舎へ入り、傘のついでに参考書を取りに戻った帰りに中山に出くわした。最近は部活で図書館へ行くこともなかった為、久しぶりに会った事で胸が高鳴ったが中山は不安な顔をしていた。気がつけば涙を流し、急に走り出す後を追いかけて捕まえていた。
涙を流す姿を見ては放って置けなかった。ただ、話を聞くだけで不安事が少しでも和らぐのであれば、それだけでも良いと思った。
一頻り泣き、口を開いたと思えば「優しくしないでほしい」という願いで、頭の思考が止まった。それは拒絶なのか・・・中山ことをもっと知りたいと思い、勝手に想いを膨らませてしまった自分への罰か。
ただ「精市と一緒に居れなくなる」ことがイマイチよく分からなかったが、中山が望むのであればそれで良い。それが幸せなら。
「もう泣き止め、見てられん」
「っ・・先輩、すみ・・ません・・・」
まだ泣き止まない栞の姿は、もう見てられないと真田は抱きしめた。少し驚いたが、泣く方が勝っている。思ったより栞の身体は小さくスッポリ収まった。
会えばきっと優しくしてしまう。
最後にした方が良いのではないか、これが栞と会い話すのは最後にしようと思うと胸が締め付けられ、ある衝動に駆られた。
「中山・・・これで会うのも話すのも最後にしようと思う。俺は意識しなくとも、優しくしてしまうだろう。決して無視する訳ではない」
真田の言葉がやけに悲しく切なそうに聞こえ、また胸が締め付けられる。
もう会いたくないわけじゃない、と栞は思うが、幸村の手を離さない為にはこれしかない。
「前の礼の話だが・・・」
真田の手が栞の頬を伝い、少し顔を上に上げられると、温かく柔らい唇が合わさる。相手のことを考えない、ただの我儘。以前のように会って話すことができないなら嫌われたって良いと思いとった行動だった。
唇を離すと栞は泣き止み、驚いた顔をしていた。
「・・・俺を嫌おうが構わん。失礼する」
いつもなら目を合わせて話すはずが、自分がとった行動と切なさで伏せ目がちになる。真田は栞を離し、後ろを向き歩き出す。初めての恋が幕を閉じ、これまで彼女と話した内容や場所、表情や声が思い出になっていく。
ー後ろに重心を感じた。
思わず振り向くと、顔を赤らめた栞と目が合う。
「先輩・・・・もう、一回・・」
少し震えた声で、また泣きそうな顔で小さく呟いた。
プツンと何かが切れた音がして、本能で抱きしめ、さっきとは違う想いで痛む胸を押さえキスを落とした。
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