まばゆく光って目を焼いた

 そっか、賭けたか。というより、鳴戸も限界だったのかもな。自分の気持ち閉じ込めてこの美人の傍に居るのがつらくなった。
 ヤツは長い睫毛を伏せ、ほんのりほっぺたを赤くして薄っすらと笑った。
「……嬉しかった……」
 まるで吐息をつくようなその言葉を耳にした途端、何となく思った。俺じゃ、だめなんだなあ、と。
 鳴戸の代わりなんておこがましいもいいところだ。こいつにとって、鳴戸はそういう立ち位置で、俺とはまったく次元が違う。
 やつらの過ごしてきた時間がどれだけ尊いものだったか、今の一言ですべて分かってしまった感じがする。
「そっか、嬉しかったか。んで? その後があるだろ」
「その後は……ひ、秘密です」
「セックスしたな。すぐにセックスしたんだな?」
 すると龍宝は顔を真っ赤にして、恐る恐る頷いた。
 さすが鳴戸。手が早ぇぜ。というか、もっと大事にしてやらねえと! なにかもっとあるだろうが!! そこも鳴戸だ。デリカシーがねえ。
「どうだった? 鳴戸との初キスは」
「それは……とても、幸せでした。と同時に、不安にもなりました。どうして、男の俺にこんなことをって、思ったりもしましたが、唇が触れた後のあの人の顔を見たらそんな考えも吹っ飛びました」
「どんな顔してた」
「優しい、顔でした。今まで見たことも無いくらいに柔らかで、お日様みたいに温かく照っているような、そんな顔で見られて……親分の気持ちが、伝わってきました」
「言葉にしなくちゃ伝わらねえだろうが」
「もちろん、その後……す、す、す、好きって、言ってくれましたけど。俺のこと、大好きだって。そういう眼で見てるって、だ、抱きたいって。矢継ぎ早に言われて……また、その、き、キスを……」
「情熱的だねえ。んで? お前はなんて答えたんだ」
「返事は、ほ、抱擁で……」
「そいつはズルいな。鳴戸が真正面から好きって言ってくれてんのに、お前は抱き返しただけか」
「それが……精一杯でした。だって、ずっと想っていたんです。その相手から急に好きだって言われても、反応に困りますよ。初めはだって、信じられなかったし……」
「んじゃあ、信じられるようになったきっかけはあるってことだな?」
 すると、ヤツは元々赤かった顔をさらに赤くさせて、こくんと頷いた。
「ある夜、セックスが終わって親分の隣で寝転んでいたら……胸の上に頭を置くように言われまして、そこがちょうど心臓の上だったんです。初めはとくんとくんって心地のいいリズムだったんですけど、何だかだんだんと鼓動が早まっていって最後にはまるで叩きつけるみたいにどっどっどっどって鳴り始めて、何か異常が起きたのかと思って顔を上げたら……」
 ヤツはそこで言葉を切り、思い切り熱燗を煽って下を向き、ぽつんとこんなことを言ってさらに顔を赤くした。
「俺を、俺のことを、愛してるって鳴戸おやぶんが、顔を赤くして……」
「愛してるって告白されたのか」
 こくんと頷いたヤツは幸せそうに笑って、頬を指で掻きそしてぽろりと涙を零した。
「あの時も、嬉しかった……。だから、俺も言ったんです。親分が、好きだって、愛してるって。ずっとずっと、想ってたって、言いました」
 それからは泣きの時間に入り、俺は顔を伏せて涙を零すヤツの嗚咽を聞きながら、ヤツと鳴戸のことを思っていた。
 この二人には、何者も入れない何かがある。二人だけの時間があって、想いがあって、身体があって気持ちがある。
 俺は、ばかなことをしてしまった。何故が強くそう思った。
 その後、ヤツが落ち着いたのを見計らって酒を追加し、もそもそと焼き鳥とおでんを食べて屋台から離れる。
 賑やかな通りへ出るまでの暗い道はまるで、龍宝が鳴戸へ向かうまでの道のりのように思えた。
 なあ、鳴戸。早く帰って来てやれよ。こんなに恋しがって待ってるんだぜ、ヤツはよ。
「……龍宝。俺は考えたんだが、俺たちはこのまま、健全な関係に戻る方がいいと思う。それが、お前のためだし鳴戸のためでもあるが、俺のためでもあると思ってる」
「そう、ですね。……俺も、そう思います」
 それきり会話は無くなり、繁華街へ出て並んで歩くヤツをちらりと見る。特に落ち込んでいる様子は無さそうだが、かといって悲壮感みたいなものが消えたわけでもなさそうだ。当たり前か。俺がこいつの中に眠っている鳴戸って人物を呼び起こしちまったようなもんだからな。
 それに、責任を感じないでもないが……。
 ホテルへと到着し、エレベーターに乗るが俺たちの他に誰も乗って来ず、同じ階の隣部屋だったのでそのまま歩いて行くと、廊下側の奥が俺の部屋で手前が龍宝の部屋だったので、先にヤツが立ち止まり部屋のキーを取り出している。
「じゃ、龍宝。また明日な」
「ええ、おやすみなさい」
 そのまま奥へと歩いて行くと、くんっと何かが引っかかり思わず後ろを振り向くと、そこには切なさといった言葉を絵に描いたような表情を浮かべた龍宝が、俺のトレンチコートの裾を握っていた。
「……おやぶん……」
 小さな声でそれだけを言って、コートから手を離し扉のノブを握りしめたまま俯いて固まってしまった。

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