ただの愛だと気づいておくれ

 壊れ物を扱うかのようにそっと、優しく額にキスしてやると、ハッとした表情をヤツは見せ、そのままゆっくりと仰向けに横たわる。
 龍宝は俺のその行動に戸惑っている様子で眼を揺らしながらこちらを見ている。
「おいで、龍宝。ここ、頭置きたいんだろ?」
 そう言って心臓の上をぽんぽんと手で叩くと、ゆっくりとした動作で覆いかぶさってきて、ぺたっと胸にヤツのほっぺたが押し当たり、ほうっと大きく吐息をついた。
 その頭を優しく優しく往復して撫でると、どうやら漸く涙が治まったらしい。暫くその体勢でいると、何か妙な音が聞こえ出した。きゅうっともくうっともいえる音。
「なんだ? なんか音しねえか」
 すると、胸に当たっている頬が熱くなったのが感覚で分かった。
「……それ、俺の腹の音、です。晩めし、あんまり食べてなかったから腹、腹が減って……す、すみません。ムード無いですね」
「よし! じゃあ、いっちょ着替えてめし食いに外出るか。なんかあるだろ、飯屋の一件くらい」
「え、いいんですか?」
「着替えだ。俺も着替えてくるからお前も服着てろ」
 またしても戸惑いを見せる龍宝を放って、風呂場へと向かう。さっき脱ぎ捨てた服がそのままのはず。
 バスローブを脱いで服を手に取って身に着け、部屋へ戻るとヤツはピチピチエロエロ服ではなくてカッターシャツにネクタイを巻いており、ちょうどコートを羽織ったところでその身体をぎゅっと一度だけ抱きしめて、部屋から出るとヤツもついてくる。
 そのままホテルを出て、適当に歩き出す。何しろホテルは繁華街の真ん中だ。裏路地に入ればなにかあるだろ。
 そう思ってすっと脇道へと入るとヤツが隣に並ぶ。
「やっぱ外寒いな。ホテルの部屋があったかかっただけに寒さが沁みるぜ。お前は大丈夫か」
「俺も寒いです。腹が減っているから余計なのか、ちょっと厳しいですね」
 そんな会話をしつつ、裏路地のさらに奥へ足を進めたところでささやかな光が目についた。そこには『やきとり』と書いてあり、龍宝の手を引いて屋台へと入る。
「おうオヤジ、熱燗とあとは焼き鳥適当に見繕ってくれや。連れが腹空かせてる」
「あ、おでんがある。オヤジ、大根とちくわ、それにたまご」
「あいよー、いらっしゃい」
 二人並んで腰掛け、早速出てくるおしぼりで手を拭いて、熱燗を早速のどに流し込む。やっぱり寒い時はこれだな。
 するとすぐにでも焼き鳥が並び、龍宝は早速一本に齧りついている。その姿を横目に見て、ふと思いついた疑問をヤツにぶつけてみる気になった。
「なあ、お前と鳴戸の馴れ初めってあるのか? 聞きてえな。差し支えなかったら教えてくれねえ?」
 との俺の言葉に、ヤツの表情が一瞬凍るが、少し気まずそうにした後、熱燗を傾けて椅子に座り直している。
「……大して楽しくも無いですが、じゃあちょっとだけ」
「おお、頼む」
 すると、ヤツはおしぼりで手を拭いて熱燗を手に、ぽつっと言葉を零した。
「どうしようもね、無かったんです」
 そう言って、ぐいっと熱燗を煽り黙ってしまった。おい、続きはどうした。
「それで? 何がどうしようもなくなったんだ」
「え? あ、ええ。いい言葉が思いつかなくて。いえ、気づいた時にはもう、好きでした。後には引けないくらい、惹かれてしまっている自分が怖くて……あの頃は、親分の後をついて回ってましてね、気持ちに気づいて欲しいと必死の毎日で……いつも、眼で追ってばかりいました。というより、勝手に眼が追ってしまうんですよ、親分のことをずっと見てきて」
「ガキみてえだな」
「ガキでしたから、実際。でも、ガキなりに必死だったんですよ、これでも。いつか気づいて欲しいと思って見つめていたけれど……」
 また途切れる言葉。
 ヤツは遠い眼をして、手に持った熱燗のグラスをテーブルに置いた。
「ある時、俺が敵対組織に囲まれていたことがありましてね、その時、弾は尽きかけてて危なかったんですが親分が二千万円ばら撒きながら馬に乗って助けに来てくれたんです」
「はあっ!? 馬っ!? 何で馬? おかしくねえか」
「いえ、その時親分は競馬場に居たらしく、そこで馬を借りてきたと言っていました」
 だめだ。限界だ、笑っちまう。
 その後、しっかり笑って龍宝の機嫌を損ねたが、何とか謝り倒して続きを促した。
「はー、はー、笑った。だめだ、ツボにハマっちまった。なんというか、鳴戸らしいというか」
「でしょう? でも、俺は嬉しかったんです。親分は俺がピンチになるといつでも駆けつけてくれてましたから。世話のかかる子分だったでしょうけれど、でも、いつも助けてもらうたびに嬉しくてたまらなくて、好きだなあって、思っていたんです。この人の懐に入れてもらったらきっと、幸せなのに、そうやって考えることが多くなって……もうその頃には後戻りもできなくて、自分の気持ちなのに自由にならないことがやけに苛立たしくもあって……苦労しました」
「んで、肝心の鳴戸は? 何かリアクションはあったか」
「リアクション、というか……ある日のことでした。あれは随分と寒い日で、季節外れの雪が降りましてね、親分と二階の広間にいたんですが、手がかじかんでしまってストーブも無いし手を擦り合わせていたら、親分が握ってくれて……あの手の温かさは今でも忘れません。熱くて、硬くてしっかりした手の感触。けれど、あの頃の俺には刺激が強すぎて慌て振り解いてしまったんです」
「ほうほう、触れ合いだけでもお前にはいっぱいいっぱいだったってことか」
「そうなりますね。そしたら、いきなり親分が抱きついてきてそのまま畳に転がされてしまって……その、き、キスを、されました」
 いきなりの展開だな。というか、鳴戸もよくやるな。ヤツだってこいつの気持ちなんて知らないだろ。なのに、なんでそんな賭けみたいな……ああ、あいつはあれだった。博打狂だった。

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