胎動する二つの心臓

 ふと目を覚ますと、時刻は朝というよりも昼に近くぼんやりと天井を見上げる。何か考えるのも億劫なほどに、気が抜けている。
 暫く布団の中でまどろんでいるとまた少し、眠ってしまったらしい。手を伸ばして時計を確認すると、時刻は既に昼近くで仮眠にしては寝すぎたと身体を起こす。身体がだるい。やはり、初めての男との情交で三回はヤりすぎだったか。
 だが、とても幸せな時だったことは否定したくない。
 両手で顔を覆い昨晩のことを思い出してみる。鳴戸は熱くそして優しくもあり激しかった。あのようなセックスもあるのだ。
 女を抱いても、ああはならない。あんな風に情熱をもって身体を愛することなど龍宝にはできないことだ。けれど、鳴戸はできる。身を以って体験したから分かる。経験値からの差なのか、元々鳴戸が持ち合わせている熱量なのか分かりかねるが、とにかく幸せだった。それだけは自信を持って言える。
 また、抱かれたい。
 そんな欲望を振り切るよう、勢いよく布団から起き上がりバスルームへと向かう。一度シャワーを浴びているので鳴戸のにおいも消えているはずなのだが、どこかかおる気がする。未練という名の、かおりだ。
 全裸で布団に入っていたため、そのまま頭から思い切りシャワーを浴びる。熱い湯が気持ちイイ。こうしていると、昨日の出来事が嘘のようだ。けれどこの身体の倦怠感と、あとはアナルに感じる僅かな痛みが嘘ではないと訴えてくる。
 タイル壁に手をつき、その手を握りしめる。もし、未だ許されるのであれば今度の飲みの時、女からホテルの鍵を奪ってしまおう。鳴戸の腕の中はいつだって自分のモノでありたい。
 その果てしのない欲望の先になにが待っているのか、未だ龍宝は知らない。知らないそのまま、独り硬い決心を固めるのだった。
 シャワーを浴び終わると、若干腹が減ってきたことに気づいたので適当に、家にあるものを見繕って軽く腹を満たし、身支度を整えマンションを出る。
 車に乗り込み、目指すは鳴戸組事務所だ。鳴戸はいるのだろうか。怖いような、それでも僅かな期待が胸に灯る。どんな顔をして見ればいいのだろう。できるだけいつも通りに接しておかないと組員が怪しむ。
 事務所へと到着し、車を適当なところへと停めて組事務所の扉に手を掛けたところでその手が僅かに震えているのが分かった。その手を空いている片手で押さえ、細かく戦慄く手で扉を開けた。
 組はいつもの組で、メンツもなにも変わらないいつもと同じ事務所だった。どことなくホッとする龍宝だ。何も変わっていないことに安堵しつつ、二階へと足を進める。
 鳴戸が来ているのなら、必ずここへやって来るはずだ。龍宝はいつも鳴戸が寝転んでいる場所に正座し、待つことにする。
 そしてそれから何十分経っただろうか。もしかしたら一時間以上、ここに座っているのではないか。しかし、動く気にもなれずそのまま座っていると階下で何か物音がした。同時に、組員たちの挨拶が大きな声で聞こえてくる。
 鳴戸が来た。
 もう一度姿勢を正し、座り直して待っているとやはり、階段を上がる音が聞こえてくる。すると、徐に鳴戸は姿を現してほんの少し、表情を驚きのものへと変えた。
「おはようございます、親分」
「おう、龍宝か。おはようさん。いやー、昨晩はやたらと情熱的に絡まれたもんだから寝不足でつい寝入っちまった」
 その言葉に、かあっと顔を真っ赤に染め上げてしまう。震える声で、会話の先を促す。
「いい女でしたか」
「最高の夜だったな。まったく、どえらい美人でな。その上、床上手とくりゃ、夢中にもなるさ」
 鳴戸はそう言って、広間へと入ってきて龍宝が座っている傍へと横たわり手で頭を支えてじっと、見つめてくる。
 龍宝も見つめ返すと見つめ合いになり、しかしその視線は龍宝から離した。瞼を伏せ、考える。
 また鳴戸に抱かれるための方法を。
 じっと考えに耽っていると、鳴戸の手が伸び龍宝の手を掴んだ。思わず顔を上げると、そこにはいたく真剣な表情を浮かべた鳴戸がおり、少し熱いくらいの体温からなにかが流れ込んでくるようで、思わずその手を重ねるようにして握り返してしまう。
「龍宝……」
「おやぶん……? あの」
 鳴戸はなにも言わず、ぎゅっと手だけを握りしめてくる。手が互いの体温で湿り気を帯びる頃、徐に手が離れてゆき、龍宝の頬に添えられる。熱い親指が、下唇の上に乗りなぞるようにして動く。
「……ルール違反なんだけどな。それを承知で聞く。もう一度、抱きたいって言ったらお前、どうする?」
 そんなもの、答えはたった一つだ。迷うことすらも無い。
「親分の、お好きになさってください。俺はいつでも、待っています。それこそ、いつまででも……抱いてくださるのを、待ってます」
「……そうか。お前はそう言うのか」
「いけませんか」
 きっぱりと疑問を叩きつけると、鳴戸は少し寂し気に笑みこんなことを言った。
「なんで、こんなことになったんだろうな。お前のことばっかりが、頭に浮かぶんだ。独りでベッドで起きた後からずっと、龍宝お前のことばっか、考えてんだ」
 返事ができない。というより、どんな言葉を返していいのか分からない。そう言われても、手放しで喜べないなにかがあって、言葉が口をついてくれない。
 唇を撫でていた親指が、少し口の中へと入る。龍宝はその指先を、小さく舐めた。すると、鳴戸はどこか苦しそうな表情ですりすりと頬を撫で擦ってくる。
 この場はそうやって、過ぎてゆくのだった。
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