欲望の行方

 そして、その日の晩。
 龍宝は鳴戸と適当なところで夕食を摂った後、景色のいいバーにて酒を飲んでいた。鳴戸はロック、龍宝は水割りを注文し、のどにゆっくりと酒を通してゆく。
「今日は、バーに行かないんですね」
「そんな気分じゃねえんだ。特に、お前と一緒っつーのがな、気になる」
「気になる……?」
 鳴戸の指が、つつっとグラスの縁をなぞる。
 全面が窓になっているこの席からは眠らない夜の街が幻想的に浮かび上がり、灯っては消える光の粒がどこか眩しく感じる。
 気になるとは一体、何が気になるのだろう。
 ちらりと隣に座る鳴戸に視線を向けると、どこか淋し気な表情で未だグラスの縁をなぞっている。思わずその手をぎゅっと握ってしまう。
 自分といるのに、その様な表情を浮かべるのは止めて欲しかったのだ。鳴戸は握られた手を見た後、龍宝に視線を向けた。その顔は驚きに満ちており、眉を寄せた龍宝は手を握ったまま、鳴戸の手を包むように両手を使い、これから先を促す。
「親分、上……行きましょう。部屋、取ってあるんですよね」
「……行くか。こうしてても、どうせお前のこと考えてるわけだしな」
「それでその表情ですか。冴えませんね」
 ふっと、鳴戸は自嘲気味に笑み、そっと龍宝の手を退けた。
「昼間も言っただろう。俺はどうにかなっちまったみたいだってな。お前のことが頭から離れねえ。離れて、くれねえんだ。どうやら、本格的に頭がイカレちまったようだぜ」
 なにに、と龍宝は聞かなかった。
 ただ黙り、席を立つ鳴戸の背を追う。また、激しく抱かれてしまうのだろうか。期待でのどが鳴る。
 バーを出て、部屋へと向かうエレベーターに二人で乗り込む。他に客はいなかった。隣の鳴戸は難しい顔をして下を向いており、エレベーターが止まるとさっさと降りて行ってしまうのに慌ててついて行くと、どうやら目当ての部屋に着いたらしい。
 先に龍宝が入り、そして鳴戸が後に続いて後ろで扉が閉まった音を聞くなり、龍宝は後ろをサッと振り向き、膝をついて鳴戸の腹周りにきつく抱きついた。
「そんな顔……しないでください。俺まで切なくなっちまいます。親分に、そんな顔は似合わない……」
「そんな顔ってどんな顔だ?」
「鏡で見てみますか? 親分がそんな顔をしていてはいけません。そういう顔は、俺にこそ似合ってる。そう思うんです」
「立ちな、龍宝」
 親分の命令は絶対だ。龍宝は鳴戸から離れ、真正面に立つと同時に乱暴に腕を引かれて腕の中へと入れられぎゅっと強く抱きしめられる。
「お前が屈んじまうと、こういうこともできねえだろうが。……お前が部屋から去ってから、ずっとこうしたかった。って、んなこと言われても困るよな。済まんな」
「お道化るのは止めてください。分かります、俺もずっと親分に抱きしめて欲しかった。腕の中に、入れて欲しかったんです。だから、今日ももし……飲みに誘われたら女からキーを奪うつもりでいました。親分に、抱かれるために。それだけを目的とした親分に、抱かれたかった」
「ばかだな、お前は……本当に、ばかなやつだよ」
 近づいてくる鳴戸の、男らしく整った顔。龍宝は両手を伸ばして鳴戸の首に巻きつけ、薄っすらと目を開けつつ唇が触れ合うのを待つ。
 すると、その寸前で鳴戸が止まってしまい戸惑っていると両手で頬を包まれてしまう。
「目ぇ、閉じな。エチケットってもんだぜ」
「それは、お断りします。見ていたいんです、親分の顔……」
「じゃあ強引に閉じさせるまでだな」
 少し鳴戸が顔を動かすと、ふわっと唇に真綿の感触が拡がる。角度を変え、何度も口づけられるたび少しずつ、深くなってゆくその口づけについうっとり目を閉じてしまうと鳴戸がのどの奥で笑ったのが分かった。少し悔しい気分になるが、気持ちイイものは気持ちがイイのだ。
 龍宝からもキスを強請ると、今度は一転して激しいキスが待っていて僅かに開いていた口へ強引に舌が差し入れられ、舌をべろりと大きく舐められる。官能が、ゆるりとやってくる。
 大きく口を開け、龍宝も同じように鳴戸の舌を舐めると鳴戸の男の味が舌に乗り、運ばれてくる興奮と共にその舌を挑発するように柔く噛むと、歯に柔らかな肉の感触が拡がる。
 それからは応酬になり、鳴戸が龍宝の舌を噛んだり龍宝が鳴戸の咥内に舌を這わせたりと、角度を変え、ひたすらに激しい口づけに溺れる。
 その頃にはすっかり下半身も反応を示し、しっかりと勃ち上がっていることが感覚で確認できる。
 鳴戸はどうなのだろうと、片足を鳴戸の足の間に入れると硬いものが太ももに当たった。
 勃っている、鳴戸も龍宝と同じく。それは求めているものが同じということだ。
 ぐりぐりと足で鳴戸のペニスを刺激してやると、口づけの合間からふっと色の乗った溜息が漏れた。
 一気に身体が熱くなる。
 今の吐息は反則だろう。それほどまでに艶っぽいもので、龍宝の欲情に火をつける。すると、鳴戸も負けてはいられないと思ったのか、片手を龍宝の股間へ回しぎゅぎゅっと揉みしだかれてしまうのに「はっ……!」と、合わさった唇の間から少しの啼き声が零れ出てしまう。
 その拍子に合わさっていた唇が離れ、龍宝は上目遣いで穴が開きそうなほどに鳴戸を見つめる。鳴戸も同じように獰猛な光を瞳に宿して龍宝を射抜いてくる。
「抱いて、ください……昨日のように、俺を……抱いて」
 するとまるで唇に齧りつくように口づけられ、そのままグイグイと身体を後ろへと追いやられ、その身体はあっという間にベッドに沈む。
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