この初恋に祝福を!

 目の前の鳴戸はかなり怒っているようで、珍しく肩で息をして顔まで赤らんでいるようだ。
 その様子に、諦めを感じた龍宝だったが未だ未練が邪魔をしてつい言い募ってしまう。
「……どうしても、独りで帰られるつもりなんですね……」
「龍宝、お前にはお前の役目があって、俺には俺の世界がある。昨日も言ったが、鳴戸という男は死んだ。忘れろ、俺のことは」
「やだ……いやです、絶対に忘れない!! 忘れられるはずがないじゃないですか!! どこまで残酷なんだ、あなたって人は!! 覚えておいてくれと一言くらいくださいよ!! そしたら……俺も未だ報われるのに、それすらも許さないなんて非情過ぎます!!」
 龍宝は頬を流れる涙も拭わず、ひたすらしゃっくり上げて鳴戸をじっと見つめる。
「おやぶんっ……行かないで、行かないでくださいっ……俺を、独りにしないでください。独りはもう、いやです」
「お前にはお前を慕う子分もいるだろ。総長もいる。独りじゃねえよ、お前は」
「あなたがいなかったら、独りも同様です。俺は、親分あなたがいい。あなただけを、愛して生きていたい」
「それが、本音中の本音か。行かないでとは言えないと言っておきながらそれか」
 こくんと頷くと、ぽたぽたと涙がシーツに零れシミを作る。
「何処にも、行かないで欲しい……傍に、居て欲しい。それが俺の、本当の願いです。聞き分けのいいフリをしてましたが、限界がありますね。……愛しています、親分。どうか、傍にいて……」
「……それは、できねえんだ。何度でも言うさ。ごめんな、龍宝」
 ふるふると何度も首を振ると、そっと頭に手が乗せられさらさらと撫でられる。
「そろそろ、シャワー浴びて部屋を出ねえと。自宅まで送る」
「お願いです、おやぶん……鳴戸おやぶん、おねがい……お願いです。連れて行ってください」
「だめだ、できねえ。龍宝、ごめんな。ごめん。ほら、一緒にシャワーでも浴びようぜ。スッキリして、互いの門出を祝おうや」
 ぎゅっと抱きしめられ、ぽんぽんと背中を優しく叩かれる。もうこれ以上、この話題について話す気は、鳴戸には無さそうだった。
 完全に、切り捨てられたと思った瞬間だった。
 シャワーを浴びている最中、龍宝は鳴戸に抱きついたままで離れもせず、ひたすらに恋しがって過ごした。甘え切り、何度も口づけをせがんでは抱きつき抱き合い、鳴戸も怒りもせず猫かわいがりとはこのことかと思うほどに甘やかしてもらい、幸福な一時を過ごす。これで最後ならば、楽しい思い出を今からでもいい、たくさん作っておきたいと思ったのだ。
 そしてシャワーを浴び終わると、髪もタオルで拭いてもらった。こういうことをしてくれと頼むのも初めてのことだ。何しろ、鳴戸が甘えてもいいと言ってくれたので充分、甘えてやろうと思ったのが始まりで、ホテルのルームサービスで朝食を摂っている時もなるべく笑みを浮かべるよう努力して、鳴戸とイタリアの話で盛り上がる。
 昔が懐かしい。出所してから、鳴戸が居なくなって世界が変わってしまったがこうしているとまるで、刑務所に入る前を思い起こさせる。
 それが、やけに切なかった。
 その後、二人はバスローブから着てきたスーツに着替え、チェックアウトして外へ出る。朝日がこれ以上なく眩しく感じ、目を細めて空を見上げる。この空と鳴戸は、何処かで繋がっているのだろうか。
 別れが惜しい。
 だが、鳴戸はもう既に決めてしまっているようで、何を言っても無駄だろう。そういう人だ。
 鳴戸が運転席へ座ったのを見届け龍宝も黙って助手席へと座る。エンジンがかけられ、車がゆっくりと公道に乗り、道路を走り始めた。
 その流れる景色を虚しい気持ちで見つめているとふと、鳴戸が徐に話を始めた。
「そうそう、これを言っておくのを忘れてたぜ。このためもあってお前を呼んだんだった。俺はな、船の中では姿を現さないつもりでいる。ロケットマン・漢っていたろ。あいつを使わせてもらう。新鮮組に沖田って男いたの覚えてるか?」
「ええ、沖田組の組長ですよね。確か、沖田寝多さんといいましたか。覚えてはいますが……それが?」
「そいつの親戚に沖田総次って男がいる。ヤツはヒットマンの仕事を放りだして女と逃げた野郎だが、この際だ。利用させてもらうことにした。お前には、ロケットマン・漢と口裏を合わせて欲しいんだ。漢には俺に似た顔を作らせる。だから、お前はその男を沖田総次って紹介してくれねえか。まあ、博打好きで俺たちも敬愛してたとかなんとか言えば、少なくとも総長は騙せるはずだ。何しろ、あまり組のことに詳しくねえからな。それに、新八や肘方じゃあ勘が働かないんで気づかないだろう。だから、総長を騙せれば事は済む。……頼めねえか」
「……分かりました。では、そういうことであれば話をつけておきます。あと、ロケットマン・漢とも少し打ち合わせしておきたいんで繋がる電話番号かなにか、教えておいてくれると助かります」
「よし、じゃあ頼んだ」
 それきり会話は無くなり、自宅マンション前で車が停まる。
 涙をこらえ、薄っすらと笑顔を作った龍宝は一つ、頭を下げて車から降りようとドアノブに手をかけて開けようとしたところだった。
「龍宝!!」
 大声で名を呼ばれたと同時に、ぐいっと思い切り引き寄せられ鳴戸の身体にぶつかるようにして胸に飛び込んでしまったと思ったら強引に唇を奪われてしまい、驚く間もなく咥内に舌が入り込んでくる。
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