そんなバーを三軒ほどハシゴしたところで、下っ端の運転する後部座席に乗り込んで公道を走っている最中、徐に鳴戸からなにかを手渡された。二本あるそれには番号が振ってあり、その一本をすぐに鳴戸は隠したが、龍宝は見てしまった。
 思わず目線を鳴戸へ移すと、平然とした表情で一本の透明な長方形のチャームのついたキーを手渡される。
「お前は今日、そこにいろ。俺も泊まる」
 鳴戸も泊まるということは、先ほどのキーは一体誰が使うものなのか。疑問を胸に車に揺られていると、下っ端の運転する車はすーっとホテルの駐車場に停まり鳴戸が先に降りてしまったので後を追うように車から降りて共にホテルのフロントを通りエレベーターに乗る。
 因みに龍宝の部屋の番号は『704』と印字してあるが、鳴戸がエレベーターのボタンを押したのは『5』だった。
 そのままなにも言わずに降りて行ってしまい、扉が自動で閉まってしまう。仕方なく『7』のボタンを押し、割り当てられた部屋へ行って扉を開けると中は薄暗く、心なしかベッドが盛り上がっているような気がする。
 もしかして、鳴戸じゃないか。そんな淡い期待を胸にベッドへ向かい声掛けする。
「おやぶん?」
 上ずった声でそう呼ぶと、ベッドの中が動いたと思ったらなんと裸の女がスタンバイしており、上半身を起こし期待を篭めた表情で龍宝を見つめてくる。
「鳴戸さんに龍宝さんのお相手をして差し上げてと言われました」
 途端、カッと頭に血が上りつい低い声が出てしまう。
「出てけ。出なければつまみだす。女を抱く気分じゃねえんだ」
 龍宝の怒気に気圧されたのか、女は慌てて洋服を着込み部屋から出て行く。それと同時に、独りきりになった部屋の中で壁に背をつけずるずるとその場に座り込み頭を抱える。
「ひどいですよ、親分……! こんな、仕打ちをするなんて」
 だということは、鳴戸はいま女と過ごしていることになる。五階で降りて、女を抱いているのだ。
 妬けつくような思いがする。何故、自分ではだめで女はいいのか。
 勢いよく立ち上がった龍宝は記憶を呼び出し鳴戸の隠した部屋ナンバーを思い出していた。確か、あのキーには『511』と記されているはず。最早、やけくその気分で部屋へと向かうことにした。
 どうしても、この仕打ちには我慢ならない。何か一言でもいいから傷つく言葉を吐いてやりたかった。
 五階へと向かい部屋を探す。そして『511』号室の前で大きく深呼吸を何度もして、息を止めてノックを何度も繰り返す。そして、名乗った。
「……親分、龍宝です。開けてください」
 暫く待っていると、ゆっくりと扉が開き部屋の中は暗く、鳴戸は緩くバスローブを羽織っていた。その姿に、やはり女と絡んでいたことを知る。
 知らず涙が溢れてきて、目尻を湿らせながら両の拳を鳴戸の胸へと叩きつけ、その胸に飛び込む形で懐に入り肩を細かく揺らす。
「俺のことがお嫌いなら、それならそうと、あなたの口から直接聞きたい。そうすれば、俺もまっとうな……男へ戻れるのに」
 すると鳴戸は大きく溜息を吐き後、後ろを向きベッドの方へ向かって声を投げた。
「おい、名前なんだったか。ちょっと部屋から出て行ってくれねえか。ちょいと子分と大事な話がある」
 女は納得のいっていない顔で服を着込み、龍宝を訝しげな眼で見てから部屋を出てゆく。そして二人きりになった途端、龍宝は鳴戸の身体を押す形で強引にベッドに押し倒し、伸し掛かってしがみつくようにして、抱きつく。
 ふわりとかおる、鳴戸のにおい。ますます涙腺は弱まり、涙を零しながら声を震わせてきつく鳴戸の身体を抱く。
「そんなに、重たいですか俺の想いは。報われなくとも想っていたいという気持ちも、許さないなんて非情過ぎます。ただ俺は、黙ってあなたを慕っていたかっただけなのに」
「それができないから、俺にキスしたんだろ」
 言葉に詰まる龍宝だ。まったくその通りだったからだ。確かに、黙っていることが難しくなったからつい行動に出た。それは、無意識のうちに溢れ出る気持ちが限界を迎えていたからだ。
 だったら、もう言ってしまいたい。告白をして、そしてそれで拒否されればそっと、心の中で忘れる時間を流していけばいい。そして、いつか思い出にできればそれで救われる。
「愛して、いるんです……! 自分でもこんな感情があったなんて驚いてますが俺は、あなたをっ……」
「気の迷いだ。あの晩のことはあれで決着がついたろ?」
「親分は、それでいいんですか。俺の気持ちを切り捨てて、大して気のない女抱いてそうやって過ごしていく方が楽しいと?」
「龍宝……」
「想っているだけでも、許されないんですか……? 許して、もらえないということなんでしょうか」
 顔を上げ、下から掬い上げるようにして鳴戸の唇を塞ぎ、慣れないながらも必死で鳴戸の咥内に舌を捻じ込み、深いキスに持っていくと無理やりに引き剥がされてしまい、視界が反転したと思ったらあっという間に今度は龍宝がベッドに沈むことになる。
「だから、抱きたくなかったのになあ。お前にはまいるぜ」
「おやぶん……?」
「のめり込みたくねえんだ。俺は誰かひとりを愛したくない。気紛れが性に合ってる。そう思ってたのにお前が……」
 言葉が途中で途切れ、じっと続きを待っていると両頬を熱い手で包まれ、ゆっくり鳴戸の顔が近づいてきてふわりと優しい真綿のキスをされる。
「お前が俺を括りつけやがった。俺の愛は激しいぜ。それに耐えうる人間なんて、いねえと思ってたのに存外近くにいやがった」
「それが、俺ですか……俺、なんですか? ちゃんと、あなたの口から言ってください。今、言ってください!」
「龍宝、愛してるぜ。ったく、こんな言葉を自分で言ってるなんて虫唾が走るが案外、悪くねえな」
「俺も、俺も親分を愛してます。ずっと……愛し続けてました。そして、これからもずっとあなたを……あなたの、ことだけを俺は」
 愛していますと言った言葉はすべて鳴戸の口のナカに消え触れるだけのキスが施される。
 顔が離れてゆき、つい上目遣いでじっと見つめてしまうとその顔には欲情を混ぜた瞳を宿しながらも優しい笑みを浮かべた鳴戸が至近距離で龍宝を見つめている。
「さてと、これだけ俺をソノ気にさせたんだ。責任、取れるんだろうな?」
「これからの責任もしっかりと取らせていただきます。愛してます……鳴戸親分」
 龍宝も同じように笑む。
 長年の片想いが成就し、喜びのあまり頬に涙が伝うと鳴戸の親指が肌を滑り涙を拭い落としてくれる。
「ホント、お前は俺のことだけになると泣き虫なのね。筋金入りが台無しだぜ。でも、そういうところもかわいいんだよなあ……」
「おやぶん、鳴戸おやぶんっ……好き。愛してます……ずっと」
 ベッドが小さく軋み、ぱさっとベッドに身体が沈み込む。そして、龍宝の秘めやかな喘ぎが部屋に静かに響いた。

Fin.
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