恋焦がれ

 昂る気持ちに任せ、鳴戸の腹の上に伏せるようにして両腕を置きそこに頭を乗せてにおいを嗅ぐ。やはり、安心するかおりだと思う。そして何より温かい。腕を置いた部分からすぐにでも熱が伝わってきて余計に切ない気持ちになる。
「なんだあ? 龍宝」
「おやぶんっ……! 俺っ……」
 言葉に詰まった龍宝を宥めるように、頭に優しく手が置かれさらさらと撫でられるその手つきに涙が滲んでくる。
「意外と甘えただな、お前は」
「親分……」
「よし、今日の夜は飲むか! 龍宝、お前も酔い潰れるまで付き合ってもらうぞ!」
 その言葉を聞いた途端、信じられない気持ちが先に立ち思わず顔を上げると、そこにはいつもの優しい笑みを浮かべた鳴戸がおり、後ろの髪をいじってきてさらりと流される。
 あまりの嬉しさに素直な言葉が出ず、捻くれたような言葉が口を突いて出てしまう。
「親分が酔い潰れるまで付き合ったら、明日使い物になりませんよ」
 そう言ってつんっと首を横に傾けると、豪快に鳴戸は笑い頭をさらに撫でてくる。
「お前は本当に、かわいいヤツだよな」
「なんですかそれ。俺はかわいくなんかありませんよ」
「そういうところがな、かわいいんだよ。さ、用が済んだら下行ってろ。俺はちょっと寝る」
 その言葉に少し突き放されたような気がしたが、黙って鳴戸から離れ階下へと向かう龍宝だった。
 そして夜になり、龍宝は鳴戸に小料理屋で食事しないかと誘われ、もちろん頷いた。二人だけでゆっくりと酒を飲み美味いものを食べるのはとても楽しい。何しろ、鳴戸の話が面白い。
 運転は下っ端に任せ、鳴戸お気に入りの店の暖簾を潜ると、途端料理と酒のにおいが鼻をつき、女将が二人を見て嬉しそうな顔を見せた。
「いらっしゃい、鳴戸さんに龍宝さん。お酒はいつものでいいかしら」
「ああ、料理も適当に見繕ってくれや。酒もいつもので」
 こういう時、龍宝に何の決定権もない。ただ鳴戸が食べたいものを頼み、それを二人で酒を飲みながら突くというのが常だ。
 今日も鳴戸が好きなカレイの煮付けや茶碗蒸し、揚げ出し豆腐など様々な品が並び猪口に酒を満たし、ゆっくりと食事を進める。
 しかしこの店はいつでも雰囲気がいい。少し古めかしいがそれも味ということで、そう客が多いわけでもなく、リラックスして食事が摂れる穴場なのだ。
 時には女将がサービスしてくれ、かぼちゃの煮物や枝豆などを出してくれる時もある。
 鳴戸はいつも通り、口の端にかすかな笑みを浮かべなら酒を飲んでおり、その姿が好きな龍宝は鳴戸を肴に酒を飲む。
 温かな雰囲気が隣から漂ってくる。安心できる一時だ。そういう鳴戸だからこそ、他の組員たちも一緒に飲みたがるのだと思う。飲んでいて気分のいい人と飲むのが一番楽しいし、酒も肴も美味くなるに違いない。龍宝がそうであるように、きっと他の組員も同じことを思うのだろうと思われる。
 そろそろほろ酔い気分になる頃、鳴戸は未だぴんしゃんしており、さすが酒豪と呼ばれるだけあり酒には相当強い。まだまだ飲めそうな鳴戸と、いい気分になってきた龍宝。
 話はあまりしなかったが、時折鳴戸が話題を振ってくれそれに対して答えたり疑問に思ったことを聞いてみたりと、ユーモアを交えた話に相槌を打ち食事は進んでゆく。
 時々、女将も話に混じったりすることもあるが大抵は二人きりにしてくれるため、ゆっくりと食事を進めつつ、美味い酒を飲みつつ時間が過ぎてゆく。
 やはり楽しいと思う。
 この後の時間をどう過ごすのか気になるが、今はとにかくこの時間を大切にしたかった。もし昨日言っていたことが真実なら、もう二度と鳴戸は龍宝の自宅に来ないだろう。それを確かめたかったというのもある。
 たくさん泣いて傷ついたが、もしかしたらという期待が込み上げてくるのも事実で、気紛れが過ぎる鳴戸のことだ。今日飲み過ぎて酔っ払えばもしかしたら、といったそんな気持ちがかなり強いのは確かだ。
 どうしても、あの腕の中の心地よさが忘れられない。昨晩の熱も、かおりも味も何もかもが龍宝の気持ちを掴んで離さない。離してくれないのだ。もしくは、離れてくれない。今も、鳴戸の何もかもを覚えている。それがもう一度手に入るのなら、そんな期待を胸に酒を飲む龍宝だった。
 そして食事が終わると、鳴戸が向かったのは組の息のかかったバーで、あまり龍宝が好む場所ではなかったが、大抵二人で飲んだ後はバーに向かうのが習慣になっている。
 味気ない水割りを飲み、目の前で女を侍らせて笑う鳴戸を見るのはつらい。だが、鳴戸の女好きは知り合った当初から知っているため、文句も言えずただ黙って女が作る酒を飲むのがいつもの龍宝だ。
 退屈極まりなく、そして不快だが仕方がない。猫は居心地のいい場所を知っている生き物だ。きっと鳴戸にとってはここが居心地いいのだろうと思われる。
 悲しいかな、そこが女には絶対に勝てないと思わされる時だ。女のように柔らかでいいにおいもしない、男を正式に受け入れる身体すら持っていない龍宝にとって、女には絶対に勝てない、そう思ってしまう。
 昨晩の鳴戸は抱きたいと言って抱いてくれたが、結局のところやはり女の方が愉しいのだろう。目の前では鳴戸が女にちょっかいを出し、その場にいる女たちも爆笑しているが龍宝独り、仏頂面を下げて水割りを飲む。
 切なさが、より一層際立つ時だ。絶対に勝てない女を侍らせて笑う鳴戸に、少しの殺意を覚える。そして、後淋しくなる。
 それも、いつものことだった。
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