世界一ふたりぼっち

 そういえば、ホテルで待ち合わせといっていたが何処で待ち合わせるか聞いていなかったことを思い出し、仕方なく一応ロビーへと行ってみることにする。
 エレベーターでロビーまで行き、辺りを見渡すがやはり鳴戸の姿はなく、暫く待ってみることにして、注意深く周りを見渡していると何やら、背の高い男が大きな花束を抱えている姿が目に入った。
 すぐにそれが鳴戸だと分かり、慌てて寄っていくと鳴戸も気づいたらしい。笑顔で二人は駆け寄り、顔を見合わせるとずいっと、真っ赤なバラの花束が手渡され、戸惑っていると笑顔の鳴戸がこんなことを言った。
「ほい、バレンタインのプレゼント。一度なー、お前に渡してみたかったんだ、花束。うん、服装もよく似合ってるぜ。さすが俺の龍宝だ」
「あ、あ、あ、あの……花束……いいんですか?」
「お前はバラよりきれいだぜ。なんつって。さ、時間も迫ってるしフレンチ行こうぜ! って、黙り込んでどうした」
「いえ、親分素敵だなって。こういうものがさらっと手渡せる男ってなかなかいませんよ。しかも、男の俺に。……でも、嬉しい……」
 花束に顔を近づけてにおいを嗅ぐと、何ともいい香りが鼻に掠り、感動のあまりじんわりと瞳に涙が盛ってくる。
 それを止めたのは鳴戸だった。
「おーっと、泣くな。泣くなよ。お前はまったく……すぐ泣く。あのな、もらったら笑いな。俺はお前の泣き顔じゃなくて笑顔が見たくてプレゼントしたんだからよ」
「す、すみません……あの! あの、ありがとう、ございます……!」
 精一杯の笑顔を見せると、ぽんぽんと頭に手が乗り優しく撫でられる。
「キスしてえが……ここじゃ流石に無理だな。まあ、いっか。どうせ泊まるし。その時に……な?」
「はいっ……!」
 二人は並んでロビーから出て、エレベーターへと乗り込む。その顔にはうっすらと笑みが浮かんでおり、龍宝の手には大きな花束の姿がある。
 他人がそれを見てどう思うかは分からないが、関係ない。今の時間が、死ぬほど愛おしい。
 しかし、何たる甘い時間だろうか。
 勝手に頬が緩んでしまう。
「おい、なにニヤニヤしてんだ? 何か楽しいことでも思いついたのか」
「いえ……そうではなくて、ただ、幸せだなあと、そう思っただけです。気にしないでください」
「これからもっと、幸せになるぜ。あー、今からが楽しみだ! メシはよく一緒に食いに行くけど、高級フレンチなんて普段は行かねえもんなあ。その後も……」
 うししっと含み笑いする鳴戸に、わざと大きく溜息を吐いてみせる。
「いやらしい人です、あなたは」
「お前の方がいやらしいだろうが。ベッドの中ではあんなこんなで、うっふ〜んのクセして。いろいろ強請ってくるのは何処の誰だっけ?」
「だ、黙ってください! まったく……ベッドの中のことをいま引き合いに出さないでくださいよ! デリカシーの無い人ですね!」
「俺にデリカシーなんて求める方が間違ってるぜ。いいもんねー、デリカシー無くても。お前、俺のこと好きでいてくれるし。問題なし!」
 なんとも今日はかなりの上機嫌ぶりだ。これは、かなり期待している様子。なににといえば、プレゼントだろう。龍宝からの手作りバレンタインプレゼント、これだ。
 情事への期待もあるのだろうが、自分からああ振っておいたのだから多分だが、鳴戸はプレゼントがもらえると思っている。
 どんな顔が見られるのか、今から楽しみだ。
 そしてレストランに到着して、鳴戸がギャルソンに名前を告げると、すぐにでも案内されたその席はどれほど前から予約してあったのか、窓際の景色のいい場所が予約席として『鳴戸様』と書いた紙がテーブルの真ん中を陣取っており、周りを見ると男女のカップル塗れだ。
 その中で男の鳴戸と窓際で食事、というのも若干、ほんの少しだがいいのだろうかと思ってしまう。
 だが、鳴戸は気にせずに案内された席へと腰掛けており、龍宝も真向かいへと腰掛けると目が合い、笑い合って早速運ばれてくるシャンパンでささやかに乾杯だ。
 泡の立つグラスを傾けると、かなり上等な酒だということが分かり、思わず訊ねてしまう。
「あの、親分? この席って、いったいいくらしたんです。それに、このシャンパンも……高かったでしょう?」
 すると、鳴戸は渋い顔を見せ背の高いグラスをくるりと回してみせる。
「つまんねえ金のことなんか言うんじゃねえ。いくらだろうが、お前とバレンタインにこうしてな、美味いもん飲んで食って、そんで一晩過ごさせてくれるってんなら俺はいくらでも払うぜ。特に夜な。とにかく夜な」
「わ、分かりました! そんなに言わなくても抱かせますからっ! でも、嬉しいです。俺って大切にされてるんですね。まさか、ガラにも無く親分がこういうことをしてくれると心底から想います」
「そりゃ、いつもの定食屋でビールで乾杯ってわけにはいかねえよ。俺だってな、ちゃんと考えてんだ。お前と過ごせる時間がこの先一体、どれほどあるか分からねえから精一杯、愛しておこうってな」
 しれっと『愛してる』と言われ、顔を真っ赤にしてしまう龍宝だ。
 誤魔化すようにシャンパンを口に含むと、早速料理が運ばれてくる。
 コースになっているそれはアミューズ、所謂突き出しから始まり、これはかなり格式高いコースを選んだのだろう、次から次へと引っ切り無しに料理が運ばれてきて、何気ない話をしながらゆっくりと味わいながら高級フレンチに舌鼓を打つ二人だ。
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