あなたの夢に縋っては愛

 二人は無言で蕎麦を食し、頷きながら口を動かす。
「うんめえー! 蕎麦美味っ!! 美味すぎねえ? おいっ、龍宝オマエの蕎麦ちょっと味見させろ」
 仕方なく鴨汁の入った温かな椀を渡すと、鳴戸は自分のざるにあった蕎麦に汁をつけて食し、ついでに鴨肉までもを奪われ椀が返ってくる。
「うんまっ! 美味っ!! あー、やっぱ俺も鴨汁にしときゃよかったかな。でも天ざるも美味いし……」
「また、今度にしましょう。今度があれば、ですけど」
 そう言って苦笑いしながら椀を受け取り、焼きねぎを食す。
「そっか、今度か……」
 また無言で蕎麦を食い、そしてサイドメニューもしっかり平らげ帰路に着く二人だ。
 因みに、イチゴ狩りがしたいと鳴戸は言っていたがそれはお流れになった。というのも、蕎麦屋でその後もいろいろ注文し過ぎて腹に余裕がなくなってしまったのだ。
 泣く泣く、その場を離れ龍宝の運転するバイクに揺られながらそれでも、未だ「イチゴ、イチゴが……」と言っていたくらいだから余程、食べたかったのだろう。
 かわいそうだが仕方のない話だ。
 そして、その後の話になった。
 というのも、蕎麦屋での話に戻るが一旦、それぞれの家へと帰り正装してきて欲しいと言われたのだ。なんでも、高級フレンチを食べさせてもらえるホテルの予約がしてあるのだが、そこは正装しないと入れないらしい。
 どうせ正装する機会などそうそうあるわけでもないから新鮮だろうと、そう言われてしまえばそうしないわけにもいかず、だったら鳴戸に言われた通り解散してシャワーで汗を流してから着るのならばスーツを着たい。
 しかし、高級フレンチとは。
 鳴戸はどちらかと言わずともそちら方面は苦手っぽく思えるが、イベント事には案外、敏感なのかもしれない。
 それに、家に帰ることができれば手作りのプレゼントも持って行ける。
 これはいい案だと頷くと、鳴戸は笑みを浮かべて蕎麦を啜ったものだ。
 地元へ帰って一旦、鳴戸と別れてから龍宝は自宅へと帰り着き、その足で早速シャワーへと向かう。その後、少し眠りたいと思ってのことだ。
 ホテルでのディナーということは、その後が控えているということにも繋がる。だったら、睡眠はとっておいても損はない。
 どうせ鳴戸のことだ。夜はほぼ眠ることができないと思っておいた方がいい。
 今は午後の二時だ。鳴戸とは六時半にホテルで待ち合わせているからさほど時間は無いが、少しでもいいから眠っておきたい。
 熱いシャワーを頭から浴びつつ、今日の出来事を振り返る。しかし、今日は楽しかった。未だ続きはあるが、あの神社はよかった。菓子も美味かったし、何より鳴戸が終始笑顔だったのが嬉しかった。想い人の笑顔が見られることほど嬉しいものはない。
 その屈託ない笑みを思い浮かべ、つい龍宝もシャワーの下で笑んでしまう。鳴戸のことが、好きでよかった。そう思える瞬間が、今日は散りばめられていた気がする。
 シャワーのコックを捻り、湯を止めて風呂場から出るとすっと冷気が肌に纏わりついてくる。暖気を逃がさないようさっとベッドの中に潜り込むとふと、財布の中に入れた鈴が気になった。
 仕方なく起き上がり、財布を持ち出して中を探り鈴を取り出して握りしめ、再びベッドへ戻り小さな二個並んだ鈴を眺める。
「……おやぶん……」
 白い水引がかわいい小さな鈴は、龍宝の心を満たし穏やかな眠りの旅へと導いてくれる。手に握り、その意識を手放した龍宝だった。
 次に眼が覚めたのは五時少し過ぎたくらいで、慌てて起き上がり鈴を財布へと収めてまた風呂へと逆戻りだ。
 眠った後のシャワーは外せない。これは自分の中での決まりごとのようになってしまっており、ほぼ習慣と化しているそれはルーティンのようなものだ。眠ったら、シャワー。
 早速熱い湯を浴びながらその後のことを思う。
 まずは着替えた後、手作りプレゼントを袋に入れて保冷材も入れなければならないし、車でホテルまで向かわなければならない。
 そのための時間も考えて手短にシャワーを終え、身体と髪の水分をバスタオルでしっかりと拭き取り、下着姿でクローゼットへと向かう。
 正装というと、黒いスーツに後はネクタイをどうしようか。やはりグレーで決めた方が無難か。
 いろいろと悩んだ結果、スタンダードな正装ということでブラックスーツに決め、小物なども使って髪も、いつもよりもしっかりと撫でつけ、そして櫛を通して後ろの髪はいつも通り流して終わり。
 自分の姿を鏡で見ると、何だか別人のように見える。この姿を鳴戸が見たらどう思うだろうか。少なくとも、失望はしないだろうと思われる。いつだって鳴戸の傍にいても恥ずかしくない自分でいたい。ずっとそう思って隣にいたのだ。
 今日のような日こそ、堂々と鳴戸に似合う男でありたいと思うのは当たり前だろう。好いているのだ、心の底から。
 そして身支度が済み次第、プレゼントを紙袋へと仕舞い込み、その上から保冷剤を大量にブチ撒けて準備完了だ。その上、念のため懐に拳銃を飲み込ませておくことも忘れない。
 この格好でバイクに乗るわけにはいかないので、車のキーを取り出しそのまま自宅マンションを出て駐車場に停めてある車に乗り込む。
 プレゼントも持ったし、財布も持った。特に忘れ物が無いかどうかを確かめた後、早速エンジンをかけてハンドルを回し車を公道へと乗せ走らせる。
 少し眠ったからか、身体から疲労が多少だが抜けている気がする。やはり眠っておいて正解だったようだ。
 鳴戸とはHホテルで待ち合わせており、車で向かうと三十分ほどで着くだろう。
 外はこの季節には珍しく星が薄っすらとだけ見える。明日は放射冷却で冷えそうだが、鳴戸と朝を迎えるのであれば、ホテル室内は暖かいし何の問題もない。
 そのまま車を走らせると見えてくるホテル。
 駐車場に車を入れて白線に従って停め、上階を目指す。
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