なにもかもを朱に刷いても

 そのうちに周りも気にならなくなり、龍宝の目線は常に鳴戸にあって、目の前で正装した姿で食事を摂る鳴戸に釘付けだ。
 この格好で迫られたら一体、どうなってしまうのだろう。そんな邪なことを考えつつ、一番最後に出される珈琲と小菓子であるフィナンシェを食して料理は終了だ。
 その後も、ゆっくりとシャンパンを飲みながら夜景を楽しむ。
 今日は何だか美味しいものばかりを食べていた気がすると思う。そんな日もあっていいのだろうと、思わず大きくほうっと息を吐いてしまうと、鳴戸の眉が跳ね上がる。
「なんだい、もう疲れちまったのか。溜息なんて吐いちまって」
「ああ、いえ違います。これは溜息じゃなくって……いえ、溜息かもしれません。幸福の溜息ってやつですね。こんなに幸せで、いいんでしょうか。俺ばかり、幸せで……」
「あのな、言っとくけど俺も充分に幸せだぜ。幸せをお前、独り占めしようなんざ傲慢だぜ。俺も、幸せ」
 その言葉に、つい笑みを浮かべてしまうと鳴戸も共に笑み、顔を見合わせて笑い合う。
「んじゃ、そろそろ部屋行くか。シャンパンは部屋でまた頼もうぜ。夜は未だ長いからな。なっ?」
「ええ、今日は抵抗しませんよ。そんな気はまったくありません。すべて、親分に委ねるつもりでいますから」
 との龍宝の言葉に、鳴戸はさらに笑んで普段は見えない頬を少しだけ染めた顔が印象的で、つい龍宝も顔を赤く染めてしまう。
「さ、さあ行こうぜ。あー、もう! なんか俺カッコ悪ぃ」
「そういう親分も、好きですよ」
「黙りやがれ。そんな嬉しいこと言うヤツは部屋でどうなるか、とくと教えてやらねえと」
 ぐいっと腕を引かれてしまい、無理やり椅子から離れさせられ、その際、花束とプレゼントだけは忘れずに手に取り、まるで引き摺られるようにしてエレベーターへと向かい、そして二人で乗り込む。
 しかしそこはやはりバレンタインデー。男女ペアの客の姿が多く見られ、エレベーター内はほぼ満員だ。
 次々と客が降りてゆくと、残ったのは鳴戸と龍宝の二人で、相当高い階層の部屋を取ったのだと察し『12』という階層でエレベーターは停まった。
「よし、行くぞ。部屋はな『1208』だ。ここが俺らの愛の巣ってわけ」
 鳴戸が先導して歩き、そしてある一部屋で足が止まりまず龍宝を中へ入れ、鳴戸が部屋の扉を閉めると、そっと後ろから抱き寄せられ首元に顔が埋まる。
「んっ……あ、おやぶんっ……あ、はっ」
「なんだ、もう感じちまった? でも、夜は長いぜ。まずは、一旦離れて……キスだ!」
 クリッと身体を反転させられ、待っていたのは情熱的な口づけだった。触れるだけのキスを何度も繰り返し、そのうちに舌が咥内へと入り込んできてナカを貪られるが、龍宝だとて黙ってはいない。鳴戸の舌に自身の舌を絡ませるようにして動かすと、どうやら乗ってきたらしい、鳴戸が今度は舌を柔く食んできて、龍宝も食み返すと今度は食み合いにまで発展して、柔らかな舌を歯で優しく食むと、何となく気持ちがよくつい夢中になってしまう。その後も散々、濃厚な口づけを愉しむとちゅ……と音を立てて唇が離れてゆき、ぎゅっときつく抱き寄せられる。
 龍宝からも抱きしめ返し、鳴戸の広い背に腕を回してしがみつくようにして身体を寄せる。
「はあっ……おやぶん……好き」
「ん、俺も好きだぜ、お前のことが大好きだ」
 そうやって暫し甘い抱擁に酔っていたが、ふとプレゼントのことを思い出し腕の中で身じろぎ、そして紙袋を差し出す。
「これは親分が楽しみにしていたものですよ。美味いかどうか分かりませんが……手作りのバレンタインチョコです」
「おー!! 来た来た来た来た!! 来たぜー!! なあっ、シャンパン頼んでから食っていいか?」
「はい、いつでもどうぞ」
 鳴戸は小躍りでもしそうな勢いで喜んでいる。その無邪気な姿に、龍宝は思い切り笑んだ。
 その後、シャンパンが到着するとグラスに注がれた酒を前に鳴戸がきれいにラッピングされた包みを解いてゆく。
「これ、お前が包んだのか? なんか、市販品みてえだな。すげえ」
「それくらい、なんてことはありません。リボンを巻いただけですよ。それより中身、食べてみてください。多分、親分が気に入る味です」
 との言葉に、鳴戸はさらに嬉しそうにリボンを解きそして、中身が現れるなりまるで眼が輝いているような、そんな顔で蓋を手に満面の笑みでチョコレートを見ている。
「すっげえ! キレーに並んじまってまあ……ホント、これ売ってるやつみてえだ。なあっなあっ、食ってもいい?」
「はい、どうぞ。これは親分のためだけに作ったものですから」
 龍宝はグラスを手に鳴戸が大口を開けて頬張るのを眼を細めて見守る。
 チョコは正方形に切り揃えてあり、その一つが鳴戸の口へと消えむぐむぐとその口が動く。
「あー! これうんめえっ! うんめえぞ龍宝! すげえ、酒の味が効いてるしコーヒー味も美味ぇ! これ、ホントにお前が作ったのか? 店で売ってるやつを移し替えたとか……」
「違います! なんてことを言うんです!! ちゃんと、俺が作ったものです! なにを考えてるんですか!! だって、親分から言い出したんでしょう? 手作りが欲しいって。だから俺が……」
 龍宝が怒りに任せて恨み言をブチ撒けている最中にも、チョコに次々と手が伸びそれらはすべて鳴戸の腹に消えてゆく。
 もはや何も言う気になれず、呆れながらも笑みながらその様子を見つめる。
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