あなたに焦がれていくこころ
鍵を開け、そっと鳴戸を玄関へと座らせると眼をかしかしと擦って、ぼんやりと龍宝を見上げてくる。そんな鳴戸の革靴を両足共に脱がせると、今度はいきなりネクタイを毟り取りバタバタと暴れ始めた。
「風呂ー! 風呂に入りてえ!! 龍宝、風呂っ!!」
「なんですか、今度は風呂ですか。べつにいいですが……転ばないでくださいよ? まったく、世話がかかります」
「お前も一緒に入る?」
ドキッと、心臓が大きく高鳴る。誤魔化すように自分も靴を脱ぎ、鳴戸の両腕を引っ張りながら風呂場へと連れて行く。
「ま、まさか。俺は親分が眠った後にでも入ります。さ、服が脱げないようなら脱がしますが」
「……自分で脱ぐ」
脱衣所まで連れて行くと、ごそごそと服を脱ぎ始めたのでなるべく、そちらの方は見ないようにして部屋から出ると、シャワーを使う水音が聞こえてくる。
風呂で倒れられても困るので、もう一度脱衣所に向かいそこにちょこんと腰掛け、様子を伺いつつ、声をかけ無事を確かめてみる。
「おやぶんー? 平気ですか」
「おーう、なんだお前、そこにいたのか」
「心配ですから」
そして暫く経った後、浴室に動きが無くなりシャワーの音もざーっと流れる音しか聞こえなくなる。
これは、まさか。
「おやぶん!? 聞いてますか!! ちょ、扉開けますよ、いいですねっ?」
がばっと浴室へ通ずる扉を開けると、そこにはごろんと仰向けに寝転がった鳴戸がシャワーの湯に打たれたまま、これは寝入っているのだろうか。
とにかく意識が無いようなので、慌てて抱き起こそうと腕を伸ばしたところだった。
逆にその腕を取られてしまい、ぐいっと引かれ鳴戸の身体の上に倒れ込むようにして、身体が折り重なり、背にはシャワーの湯がばしゃばしゃと当たる。
驚きで瞑っていた目を開けると、至近距離に鳴戸の顔があり、思わずじっと見入ってしまうと鳴戸も同じように見つめてきて、何故かだんだんと顔が近づいてくる。
逃げる、逃げないではなく何かを考える暇もなく、唇にふわっと真綿の感触が拡がり眼を見開くと、ゼロの位置に鳴戸の顔があり、長くは無いが量が多い鳴戸の睫毛が細かく震えているのが分かる。
そこで漸く、キスしているのだと気づき、顔に血が上ってくるのが分かる。
心臓は叩きつけるようにして胸の中で鼓動を打ち、そっと唇が離れてゆくとつい、息を細く吐いてしまう。
「……おや、ぶ、ん……?」
また見つめ合いになり、鳴戸の真っ赤に染まった唇を眼にした途端、いきなり身体を反転させられて、見事なまでにあっという間に組み敷かれてしまい、またしても唇を奪われてしまう。
「おやぶ、ん、ん、んンッ、ンッ!!」
何故、どうして。
そんな言葉が心に浮かび上がるが、唇に触れる確かな熱にそんな疑問も溶かされてしまい、夢中になって鳴戸との初めてのキスに溺れる龍宝だ。
口づけ自体、鳴戸としたのが初めてなのでよく分からないが、こんなに気持ちがイイものだったとは驚きだ。
柔らかくて温かく、そして湿っていて、甘い。
「んっ……」
思わず小さく啼いてしまうと、今度は角度を変えて何度も触れるだけの口づけを施され、次第に夢見心地な気分になってくる。
鳴戸と、キスをしている。今までずっと、片想いだと思っていた鳴戸と、キス。
その事実は龍宝の気分を高揚させ、そして浮つかせる。ひしっと鳴戸の首に腕を回し、さらに濃いものを強請ると、今度は唇が強く押し当たり、苦しいほどだがそれもまた、気持ちがイイ。
唇が触れ合ったまま、鳴戸に名を呼ばれる。
「ん、ん……龍宝……」
そこで、その湿った熱さが篭ったような声を聞くことで一気に我に返り、首を振って口づけを解き、必死になって鳴戸の身体を押し返す。
「んっ、んやっ! よ、止してください! 酔っぱらいはきらわれますよ。こ、こんな、こと……」
「俺は酔ってねえよ。お前を誘いたくて、演技してた」
その言葉に動揺する龍宝だが、何とか心を建て直し強がって見せる。それがどこまで通用するかは分からないが。
「ば、ばかばかしい。遊んでいるんですか、俺で。だとしたら、ひどい人です。い、色事で遊ぶなんて」
「誰が遊びだって言った? んなあ……お前さ、俺のこと、好き? 俺は、お前が好き」
「やっぱり酔っ払ってますね。確かに、俺はあなたが好きですが、そういうあなたはきらいです。意地が悪いっ……! ですから、遊ばないでください」
ぷいっと顔を背けると、あごを取られて正面を向かされそこで出会ったのは至って真剣な表情を浮かべた鳴戸だった。
「おや、ぶん……?」
「だから、誰が遊びだっつった。こっちは真剣に誘ってんだ。俺のこと好きって、こういう好きか」
さらにもう一度、唇を攫われてしまいちゅっちゅと軽く唇を吸われ、角度を変えて何度も押し当たる。
それでも龍宝が答えを返さなかったので、それに不満を持ったのかさらに濃厚に口づけられて、無理やり口を舌で開かされたと思ったら思い切りナカを舐められてしまい、その官能的な感覚につい、身体を震わせてしまうとその身体をぎゅっと鳴戸が抱いてくる。
その身体は熱いくらいで、感じる熱に溺れていると徐に身体が少し離されて、触れるだけのキスを何度も施され、唇が触れ合うくらい近くに鳴戸の顔がある。
その顔をじっと見つめていると、ふっと表情が和らぎ、片手で頬を包み込まれ、キスが降ってくる。
「俺の好きは、こういう好き。今までの関係じゃ満足なんて出来ねえ。お前、俺のモノになりな。大事にする」
なんとも一方的な言葉面だが、龍宝にはこれくらいがちょうどいい。どうせ、自分で動けと言われても、片想いが続くだけだ。
頬を真っ赤に染め、ついでに身体も桃色に染めながら火照る身体を鳴戸に押し付け、こくんっと大きく頷いた。
それから、二人の秘めやかな関係が始まったのだった。