永遠じゃなくたっていいなんて

 そして、それから約一年の時が流れ、鳴戸と龍宝は互いの距離を少しずつ縮めるようなそんな日々を送っており、幸せに満ち溢れた毎日を楽しんでいたある日のことだった。
 一月も半分が過ぎ、寒さと戦わなければならない小雪が降る、そんな日、龍宝は鳴戸と石油ストーブを前に抱き合いながら鳴戸事務所二階の部屋で過ごしていると、何処か鳴戸の様子がおかしいことに気づいた。
 どこかソワソワしていて落ち着きがない。だが、言い出すまで待っていようと黙ったまま鳴戸の肩に頭を置くと、さらさらと背中を撫でて首元に顔を埋めてくる。
「んー……いいにおい。甘いにおいがする……」
「親分からも、いいにおいがしますよ。温かなにおいです。お日様のにおい……」
 すると、どうやら言う気になったらしい。大きく息を吸い、そして吐いてもう一度吸うと、意を決したようにこの場に似合わない硬い声でこんなことを言った。
「なあ、なんかあるじゃねえ? イベント。ほら、浮ついてるイベントだよ! 二月の中旬にあるだろうがっ!!」
「はあ……? ああ、ありますね。バレンタインのことでしょう。親分こそ、こういうイベントには興味が無いかと思ってましたがそういう訳でもないのが意外です」
「うーん、いや、前は興味なかったけどさ、今はお前がいるだろ。だから、ほら、ほらほら!」
 意味もなく急かされ、暫く考えた結果、この答えに落ち着いた。
「ああ、チョコレートのプレゼントが欲しいと」
 すると鳴戸はこれ以上なく大きく頷き、すりすりと首元に額を摺り寄せてくる。
 そこで龍宝は、あることを聞きたくなった。プレゼントするのは構わないが、それ以上に大切なことだ。
「あ、あの……そのプレゼントのことですが、親分はえと、手作りのバレンタインプレゼントってもらったこと、ありますか?」
「いいや、さすがにねえな。手作りなんて夢のまた夢よ。ま、誰のでもいいってわけじゃねえしな。そういう風に誰かから欲しいって思ったことすら無かったくらいだし」
 その言葉を聞いて、龍宝の中で決まったことがある。
 手作りチョコを渡してみたらどうだろうと、そういう答えだ。ああやって言い出すくらいだ。鳴戸が本当に所望しているのは店で売っているチョコレートではなく、龍宝自ら手を入れた、チョコレートが欲しいのだ。
 それならそれで、構わないと思う。自慢ではないが、いつでもどんなことでも器用にこなしてきたのだ。チョコレートを作るくらい、なんの問題もない。
 鳴戸が喜んでくれればの話だが。
 そして、バレンタイン前日のこと。
 龍宝は自宅に篭り、レシピ本を片手に手作りプレゼント作りに励んでいた。何しろ初めて作るので要領を得ることは簡単ではなかったが、鳴戸の笑顔を心に思い浮かべながら手を動かす。
 今回、相手にするのはチョコレートということで一番難易度の低い、洋酒をたっぷりと効かせたビターコーヒー生チョコレートを作ることにし、粗方上手くいったであろうそれを目の前にして、明日を想う。
 鳴戸はこれを見て、どんな顔をするのだろうか。
 きちんとケースも購入したため、生チョコレートをぴったりとケースに収め、簡単にリボンをつけてシールまで貼ると、まるで市販品のようにも見える。その出来に満足しながら、そっと冷蔵庫にできあがったプレゼントを仕舞っておくのだった。
 時刻を見ると既に夕方で、夕飯のことを思い出すと同時にふと、あることが頭に浮かんできた。
 というのも、あれは多分三日前くらいのことだった。
 久しぶりに洒落た店で本格派カレーが食べたくなり、独りバイクを飛ばして店へと入った時のこと。
 店には一組のカップルと、後は女性客の二人連れの姿がちらほら見え、男は龍宝だけだった。そんな中、いつも決まって頼むメニューを店員に言い渡し、おしぼりを手にしてぼーっと天井を向いていると、女性客の会話が耳に入ってきた。
 バレンタイン関連の話で、べつに聞くつもりもなかったが勝手に耳に入ってくるのでそのまま聞いていると、ここ東京からだとバイクを飛ばせば一時間ほどで到着できるであろう場所に神社があり、なんでも『恋の道』と呼ばれる鳥居を潜り、そこでお参りをして小さな鈴を互いにプレゼントし合うとそのカップルはいつまででも仲睦まじくいられるらしい。
 普段ならそこでその話題は龍宝の中では終わるが、折角のバレンタインだ。鳴戸を連れて行ってみたらどうだろうか。当日の天気にもよるが、かなり興味がある。
 時計は未だ、夕方を指している。今からなら鳴戸用の皮のジャケットや手袋を買いに行く時間はある。
 思い立ったが吉日ということで、龍宝は着けていたエプロンを脱ぎ、さっと整容を済ませて着替え、外へと繰り出した。
 そして、その二時間後。
 行きつけのバイクショップで気に入ったジャケットと手袋、それにヘルメットなどを仕入れ、戻ってくるとそれなりの時間が経っており、その帰り道に適当なうどん屋でカレーうどんと揚げ出し豆腐、天ぷらの盛り合わせなどを頼みそれをゆっくり食して戦利品と一緒に自宅へと戻る。
 鳴戸へ連絡しないとならないが、まずはシャワーを浴びてそれからでもいいと、買ったものの整理をしつつ、それが終わると早速シャワーへと向かったのだった。
 その後、事務所へと電話をかけると鳴戸は未だいたらしく、電話先で陽気な声が耳に届く。
「おーう、龍宝。どしたー? 電話なんて珍しいな」
「ええ、あの……親分。明日、朝一で俺に付き合ってくれませんか? よければ、ですけど。実は、親分と一緒に行きたいところができたんです。事務所に迎えに行きますから、着替えて行きましょう」
「お? お、おお。べつにいいけど、突然だな。お前からそう言い出すことってあんまりねえのに。珍しいことばっかだな。ま、分かった。明日な」
 その言葉に頬を紅潮させ、ぎゅっと受話器を握り電話先からでも温もりを探すように声を張る。
「じゃ! また明日ですね。おやすみなさい、親分」
「おう、おやすみな」
 些か張り切り過ぎているのが分かりながら、電話の向こう側の鳴戸の姿を思い浮かべ、笑みを刷く。
 明日が楽しみだ。
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